「レ・ミゼラブル」

ビクトル・ユーゴーレ・ミゼラブル』で、ジャン・ヴァルジャンはモントルイユにある彼の工場で働いていた女工が売春婦となり、病に倒れたのを知り、他家に預けてある彼女の娘を連れ帰ろうとする。ヴァルジャンは娘のいるモンフェルメイユに赴くところで、ある事情から自身の旧悪を公表することになる。

フランス文学の古典とおなじ題名のこの映画はそのモンフェルメイユが舞台だ。地域の俯瞰ショットにクリント・イーストウッド監督「インビクタス」にあった南アのスラムを思い、パリから二十キロほどのところにフランスの分断を示す低所得層の多い、犯罪多発地区があるのを知りなんだか不明を恥じる気になった。

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アフリカ移民の二世、三世、イスラム教徒、ロマたちがひしめきあって生活しているモンフェルメイユは厳しい差別と貧困のなかで、なにか引き金があれば暴動は避けられない状態にある。ここの警察署へ新たにステファン(ダミアン・ボナール)が着任し、犯罪防止班に配属され、旧任の二人クリス(アレクシス・マネンティ)とグワダ(ジェブリル・ゾンガ)とともに活動をはじめる。

知的で自制心のあるステファンはクリスとグワダが地域の少年、青年たちに粗暴な言動で接するのにおどろきを隠せない。転任してきた警察官がそこまで感じるほど特別な地域なのだ。

ステファンはクリスとグワダに気性の荒さや力の過信からくる対応のまずさを改めるよう説く。しかしことはそれで片付かない。地域の荒廃がパトロールする警官たちを、力による秩序の維持しか考えられないところまで追い詰めている。そうしたなか、グワダがアフリカ系の少年にゴム弾を発砲したことで暴動が起こってしまう。

破裂したモンフェルメイユの人々のフラストレーションは現在の世界の各地に溜まりに溜まっている感情、叫びに通じている。そうした緊張、不安、不満が訴えを通り越して身体に迫ってくる。同時に無防備の少年に発砲した警官たちの思いも。垣間みせた警官たちの私生活は印象深く、かれらの家庭での悩みは取り締まる対象たちのそれと無縁ではない。

「半地下の家族」が凝りに凝った作劇で現代の断面を示したのにたいし、「レ・ミゼラブル」は現実の社会に大きな風をもたらしたい、そのことに賭けたドラマのような気がする。

本作がはじめての長編劇映画となったラジ・リ監督(脚本も)はモンフェルメイユに生まれ、いまも暮らしている。

(三月五日ヒューマントラストシネマ有楽町)