「ダラス・バイヤーズクラブ」

難病ものの映画はいやで観ないのだが「ダラス・バイヤーズクラブ」には匂うものがあり、足を運んだところ、これが素晴らしい作品だった。
一人のエイズ患者を通して人間と社会がしっかりと、したたかに、興味深く描かれていて、難病ものという狭いジャンルを突き抜けた普遍性をもつ作品となっている。監督はジャン=マルク・ヴァレ

エイズにたいする無理解と誤解が強かった一九八五年、ロン・ウッドルーフという酒と娼婦とロデオに興じ、ゲイを毛嫌いするテキサスの電気技師がHIV陽性と診断され余命三十日の宣告を受ける。
ロンは手探りでそのころ米国では無認可だった代替治療薬にたどり着き、服用を試みようとするが医師は副作用が憂慮されるとして認めない。余命三十日に副作用を語るばからしさに納得のゆかないロンはその薬を求めてメキシコへ行き、服用してみると宣告の三十日を超えて効果が実感できた。そこで彼は意表外の行動に出る。会員制組織ダラス・バイヤーズクラブを設立し、無認可治療薬とサプリメントの密輸と頒布のビジネスをはじめたのだ。
やがて規制を逸脱したとしてロン・ウッドルーフとダラス・バイヤーズクラブには医療医薬品業界の妨害と司直の手が伸びる。そのいっぽうで従来の治療への疑問と代替治療薬の認可を求める支援の動きも生まれる。エイズ患者で女装のゲイのレイヨンがロンを相棒として支え、余命を宣告した医師のアシスタントを務めたイヴ・サックス医師はロンの姿に定型化されたこれまでのエイズ治療と薬の規制に疑問を抱く。そして彼女は意を決してこれまでの認可薬は危険とするダラス・バイヤーズクラブのパンフレットを病院内で配布し、辞職に追い込まれる。それでも事実は曲げられない。実話としてはロン・ウッドルーフは一九九二年九月十二日までこの世に生きた。
二十キロ超の減量を敢行して挑んだマシュー・マコノヒーは自堕落で意志が弱い反面で奇妙な発想とそれを追求するひたむきさとしなやかさを併せ持つ主人公の人物像を陰翳豊かに演じていて感嘆のほかなく、レイヨン役のジャレッド・レトならびにイヴ・サックス医師のジェニファー・ガーナーの助演ぶりも特筆にあたいする。映画は一面で彼女の医師としての自己形成記である。

(二月二十八日ヒューマントラストシネマ有楽町)
*いま三月三日午後四時前。一時間ほど前にマシュー・マコノヒーアカデミー賞主演男優賞を受賞したのを知り、急遽書きかけだった記事を仕上げてアップしました。