「アメリカン・スナイパー」

子供の頃から両親に可愛がられたその息子は父親に狩猟を教わった。父はまた、世の中には、羊と狼と番犬の三つのタイプの人間がいて、狼は羊を襲い、番犬は羊を助ける、誰かが番犬として生きなければいけないといった世界のイメージを叩き込んだ。だからかれはその教え通り弟がいじめに遭うと力で以て助けた。
やがてこの息子クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)はアメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの隊員となりタヤ(シエナ・ミラー)と結婚し、幸せな生活を送っていたが、同時多発テロ事件を機にイラクへ派遣された。かれは戦場ではスナイパーとして「誰一人残さない」というシールズのモットーに従って仲間たちを徹底的に援護した。スコープで覗くと女性や子供がいて、戦場でとまどう非戦闘員なのか自爆テロ要員なのかの判断は困難を極めた。

妻子を残してのイラク派遣は二00三年から九年にかけて四回にわたり、滞在日数は千日を超え、狙撃した人数は百六十人にのぼった。こうして味方からは狙撃の精度を讃えられ「伝説」(レジェンド)と称されたが、敵からは賞金を懸けられてしまう。
凄惨な戦いはカイルの心を蝕み、断続しながらの妻子との生活は互いの距離を広げた。カイルの家族思いというセルフイメージは、妻の眼には身体は帰国しても心は帰っていないと映っていた。そんなカイルも四回目の派遣での激烈な戦いのさなかでようやく除隊を決意する。戦争の記憶に苛まれたカイルだったがやがて傷痍軍人との交流やボランティアを機にだんだんと回復していったのだが……。
監督クリント・イーストウッドは現在進行中のアメリカの戦争とそれにまつわるさまざまな問題―戦地に赴いた兵士とその家族の不安、苦悩、悲しみ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩み続ける帰還兵士など―をリアルに、丹念に描いた。
ここには二つの力が作用している。ひとつはアメリカが直面する戦争をトータルに捉えようとする力、もうひとつは観客を二時間以上にわたり引きつけてやまない力。深刻なテーマをリアルに語り、そのスクリーンを凝視させる力は、この映画のばあい、監督がエンターティメントや娯楽映画で培ってきた力にほかならない。八十四歳の監督によるたいへんな力わざだ。
(二月二十一日丸の内ピカデリー