「おみおくりの作法」

長く記憶に残っている映画があれば、反対にさっそく忘れてしまっている映画がある。どちらがよいというものではなく、思い出したくもない記憶もあるし、眼を凝らし、手に汗握ったあとはきれいさっぱり何にも残っていないのは爽やかなもので、なかなかよい気分である。
こんなことを思ったのは「おみおくりの作法」を観て、これが決定的に記憶に残る作品だったからで、主人公の人物像と職業、ストーリーいずれも忘れ難く、観終えた瞬間から早くも「思い出の佳作」となってしまった感がある。

ジョン・メイ(エディ・マーサン)はロンドン南部ケニントン地区の公務員、民生係として孤独死した人の身寄りの捜索と葬儀の執行を担当している。その彼も妻子のいない孤独の裡にある。まじめと律儀は性格だが、身をもって知る孤独感が心を込めた仕事ぶりを支えていて、日切れギリギリまで故人の身内探しに尽力し、やむを得ないとなってようやく葬儀を手配し、礼を尽くしておみおくりをする。
ジョンにはこの仕事が公務として割り切れない。そのため能率重視の上司からは疎んじられ、ある日、人員整理で解雇を言い渡される。最後の案件はたまたま自宅の真向かいに住むビリーという老人の弔いだった。ジョンはいつも以上に思いを込めて、故人の過去をたずね、その人生の軌跡を辿ろうとする。その過程で思いがけずある女性と出会い、淡い思いを抱く。努力のかいあり彼女を含め故人を知る人たちが葬儀にやって来る。そのときジョンは……。
エディ・マーサンの表現する几帳面で誠実でどこかコミカルな人物像は出色で味わい深く、ウベルト・パゾリーニ監督の淡々として、繊細で、湿り気を帯びない抒情は小津やアキ・カウリマスキの作品に通じている。
(二月九日シネスイッチ銀座