迷路(伊太利亜旅行 其ノ五十三)


ヴェネツイァでの夕食前のひととき、同行の女性のひとりが、長友佑都選手のレプリカシャツを買ったと大喜びだった。すると何人かの女性がわたしも買いたい、案内してとそのお店に駆けつける。サッカーのイタリア1部リーグ(セリエA)、インテル・ミラノの長友選手は大人気だ。お店にはわたしもお付き合いしたものの購買意欲はなく、店内を眺めただけだった。
食卓ではいましがた買った長友シャツがひとしきり話題になった。すると食事をし、ワインを飲むうちに心がとろけてきたのか、おれも欲しいなとなった。
食後のわずかな時間に例のお店を探したがたどり着けなかった。無理をして帰りの船に乗り遅れたらどうすると機制がはたらく。迷路のような街。ヴェネツイァの魔力。代表作『地中海』で知られる歴史学者のフェルナン・ブローデルは言っている。ここには「歩行者が最初から確実に方角を見定められるような直線の軸は存在するはずがない」と。