サン・カルロ書店の椅子(伊太利亜旅行 其ノ十)


『コルシア書店の仲間たち』の「入口のそばの椅子」という章で須賀敦子は同書店の支援者だった大富豪の夫人ツィア・テレーサの思い出を語っている。夫人はカトリック左派の思想面での支持者ではなかったが、この文化運動を指導するトゥロルド神父の説く人類愛に共感し、それを支えにしていた。
彼女が店にやって来るとたちまちだれかがどこかから椅子を持ってきて入口のそばのカウンターのまえに置いた。須賀は、夫人への応接を通して、この人には下らぬことで迷惑を及ぼしてはならないというカトリック左派の徳性が養われたと見ている。
サン・カルロ書店の入口にある休憩室を兼ねたような事務室の椅子を見たときツィア・テレーサ夫人が坐った椅子を思った。椅子は別でもこの小さな部屋はコルシア書店当時のままだろう。ここで、あれをしたい、これもしたいと夢を語りあっていたのがコルシア書店の仲間たちだった。