小津安二郎松阪記念館

ご近所の根津神社に夏詣の旗が立っていた。夏詣とは夏越しの大祓を経て、すぎし半年の無事を感謝し来る半年を清々しい気持ちで過ごせるよう一年の半分の節目としてお詣りすることと説明がある。根津神社境内社駒込稲荷神社の御祭神は風の神様であることにちなみ風車を祭る。そして根津神社にも風車が設置されたというわけだ。

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この界隈にずいぶん長く住んでいるけれど、風車を見たのははじめて。忘れているのでなければね。

この風車ですぐにウクライナ国旗🇺🇦を思った。こういうのを政治的人間というのかな。

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『ミスター・メルセデス』三部作と『ビリー・サマーズ』の長篇二作を読み、前者のTVドラマを視聴したのでスティーブン・キングに区切りをつけようとしたが、あれこれ眺めているうちにキングを知りたければまずは『ミスト』からという文言があった。それにこの作品は映画、TVドラマ化されており、よい機会だから手にしてみた。

『ミスト 短編傑作選』(文春文庫)に収める「霧」はたしかによく出来た中篇だ。わたしのようなホラー、SFに関心の薄い者をもグイグイ引っ張って行ってくれたのだから。作家のストーリーテリングの魅力をコンパクトに示してくれている。

《アクションありドラマありで、中篇としては読みやすいわりにキングの書きたいガジェットがすべて詰まっている》(広江礼威)。《僕が最初に「すげえ、おもしろい!」と思ったのは「霧」なんですよ」》(風間賢二)。

『ミスト 短編傑作選』には「霧」のほか四編を収めてあるが今回はパスして、「霧」の映画かTVドラマを視聴しよう。

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スティーブン・キング「霧」を原作とする映画「ミスト」(監督・脚本フランク・ダラボン)をみた。はじめは原作どおりに進行しているようだったが、途中から人間の心理に重きを置いたスリラー映画から怪獣の見せ物映画のようになった。

原作があればそれを大切にした映画づくりがあってしかるべきで、その気がないならオリジナルの脚本を書けばよい。とはいえ世の中はおもしろい。「霧」は二0一三年にイギリスの『トータルフィルム(英語版)』誌に掲載された「原作を超えた映画ベスト50」で第一位を獲得している。

映画「ミスト」の衝撃的なラストについてはえぐい後味、胸糞の悪さを指摘する声が多数あるものの、 スティーブン・キングは結末の改変を絶賛している。作者と原作と映画との関係は複雑にして怪奇というべきか。

古いやつと承知のうえでいえば、映像技術を駆使した怪獣の想像・創造より、 ヒッチコックの「鳥」のように現実の生物から物語を想像・創造した作品が好きだ。

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七月四日。東京から豊橋まで新幹線、そのあとバスで伊勢にはいった。ネットに「お伊勢参りは二見から」とあったからそういうものなのだろう。そこでまずは二見興玉神社へ。お詣りするのは二度目で、三十年ほどまえだったか出張の空き時間に立ち寄ったことがある。

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西行は晩年、伊勢の豆石山に庵を設けて七年ほどを過ごしており、《波こすとふたみの松の見えつるは梢にかかる霞なりけり》はそのかんによまれた一首だ。先日、寺澤行忠『西行 歌と旅と人生』(新潮選書)を買ったばかりで読書に弾みがついた。

ホテルへはいるまえに伊勢神宮内宮にあるレストランで夕食をとった。松阪牛と伊勢海老の定番で、旅中の料理を撮らなくてはと思いながらまずはビールだ!のよろこびが先に立ち、気がつくときょうも写真は忘れていた。

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七月五日。朝食後ホテルのシャトルバスで近鉄の鵜方駅へ送ってもらい、ここから特急で松阪駅へ、そうして今回の旅の本命、小津安二郎松阪記念館へ向かった。

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小津安二郎松阪記念館は魅力的な和風建築で国登録有形文化財となっている松阪市立歴史民俗資料館の二階にある。館内一階は「蒲生氏郷と松阪城」、近世松阪の発展を支えた「松阪木綿」の展示で、これをみて二階に上がった。

一九0三年(明治三十九年)東京に生まれた小津安二郎は一家転居(父寅之助は日本橋の海産物肥料問屋、湯浅屋の支配人だったから東京と松坂を往復する生活だった)により九歳から十七歳まで、学制でいえば小学校から旧制中学までを小津家ゆかりの地、松阪ですごし、十八歳で飯高町の宮前尋常高等小学校に代用教員として赴任、十九歳で松竹に入社した。こうして松阪は小津安二郎が若き日をすごしたところである。

二0二一年三月小津の青春の町、松阪に小津安二郎松阪記念館がオープンし、きょうようやく訪れて遺品や映画の資料の展示を興味深く眺めることができた。グッズの買物はたのしく、小津の町の喫茶店の珈琲カップはおしゃれだなと感心したりと、ファンとしてはハッピーなひとときだった。 

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それらをメモ代わりにSNSにアップしたところ大学の同級生Dくんからメールをいただき、返信した。

《松阪は私が高校卒業まで住んだ街です!小津記念館は、松阪城址にあるようですね。どうも、昔よく訪れた、市立図書館がその場所みたいです。母も数年前に亡くなり、当時の家は近所の知り合いに売却しましたが、城址から徒歩10分ばかりのところでした。》

《そうでしたか。わたしは、貴兄は山梨の方とばかり思っていて、松阪在だったとは存じ上げませんでした。小津記念館は松阪市立歴史民俗資料館の二階にあります。資料館は小津が松阪にいた当時は飯南郡図書館で、のちに貴兄が勉強した市立図書館になったんですね。歴史民俗資料館、本居宣長記念館、御城番の武士の家々と松阪城址は充実したひとときをもたらしてくれました。御城番の家並に連なる美しく整った住宅街もナイスでした。》

SNSのおかげでわたしは松阪を青春の町とする方を小津ともうひとり知ったのである。

歴史民俗資料館、小津記念館のあとは松坂城址を散策、そして本居宣長の旧居(移築)ならびに記念館、お城番の武家屋敷を見学した。本居宣長記念館の展示は充実したものであるとは理解できたが、困ったことにわたしは宣長の著作に親しんだ経験がない。次に来るときは少しは勉強しておきたいものだ。

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この日、松阪の粥見観測所は39.7°を記録した。当観測所で観測した史上最高の気温であり、この日の全国の最高気温でもあった。ただしリアルタイムではひたすら小津推しだったので気温は意識になかった。

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七月六日。旅の最終日。賢島でクルーズ船に乗り英虞湾を一周して伊勢神宮内宮とおかげ横丁を散策。ここにもスターバックスがあるが「おかげ仕様」のお店である。お店といえば友人からのLINEで、話のタネとしておかげ横丁赤福本店に行くよう勧められ、ここで一休みし、昼食後、バスで朝熊山(あさまやま)の展望台および金剛證寺に向かった。

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金剛證寺の塋域を歩いていると詩碑があり、その隣には竹内浩三のお墓があった。著作は読んだことはないがかすかに名前だけは記憶にあった。詩人で詩碑には代表作「骨のうたう」の一節が刻されている。

《アア/戦死ヤアハレ/兵隊ノ死ヌルヤアハレ/コラヘキレナイ/サビシサヤ/国ノタメ/大君ノタメ/死ンデシマフヤ/ソノ心ヤ 竹内浩三

竹内浩三(たけうち こうぞう、1921年5月12日-1945年4月9日)。三重県宇治山田市(現在の伊勢市)生まれ。フィリピン・ルソン島バギオ北方で戦死したと伝えられている。竹内は漫画を愛し、漱石の『坊つちゃん』を漫画化したり、国産振興四日市大博覧会のポスターに応募して入選した経歴がある。

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この日、新幹線の停電事故があり一時上下線とも不通となっていたが、さほどの遅れもなく午後十時過ぎ、東京駅着。

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七月七日。起床してすぐ、昨夜愛知・豊田スタジアムで行われたJAPAN XV対マオリオールブラックスの試合を録画観戦した。一週間前の六月二十九日に秩父宮ラグビー場で行われた同カードは10-36でJAPANは敗れているから今回はリベンジマッチである。

そして、やってくれました!26-14で白星。歴史的勝利である。

マオリオールブラックスニュージーランド先住民族マオリの血を引く選手たちで構成されるチームで、その出場資格については何代かさかのぼってどれだけ先住民族マオリの血を引いているかの規定がある。

日本では選手の民族的出自をあれこれ探るのを否定的に考える人が多いだろうが、その点でNZは異なっている。たとえばアイヌ出身者によるサッカーチーム対北海道選抜チームの試合が行われるとして、どれだけアイヌの血を引くかを調査するなんて考えられない。米国も同様で、何代かさかのぼってアフリカから渡ってきた先祖がいるのを見極め、規定を設けアフリカ出自のアメリカンフットボールのオールスターチームを編成する、となったとき米国国民はどんなふうに思うだろう。黒人差別の現状を考えると怖い。でも仮にそうしたことが可能になったときは黒人差別が解消したあかしとなるのだろうか。

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二0二三年「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」でそれぞれ第一位に輝いた米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)を読んだ。 この警察ミステリ短篇集でとくに印象に残ったのは書名となった「可燃物」で、ストーリーはもちろんだが細部の記述も印象深かった。

たとえば葛という刑事が、定年退職したあとスーパーマーケットで警備員として働いている男について、自分が新人の刑事だったころ、一般企業を勤めあげた七十一歳の男が定年後に警備員として働いていたら何か特別な事情があって金を必要としているかもしれないから調べろと命じられただろうと回想していた。

葛刑事は群馬県警本部の刑事部捜査第一課の班長(警部)だから四十代の後半、とすれば新人刑事だったのはミレニアム前後か。そのころ七十代はじめの男が定年後スーパーの警備員として働いていたら、特別な事情が考えられるあるから裏を取れといわれたというのだから社会と経済の事情は大きく変わった。

七十歳になった山田風太郎が「日常不可解事」というエッセイに「荒唐無稽のチャンバラ娯楽小説」を書いたら、多くの書評に「おん年七十歳にして……」という一節があり、「それにしても七十歳というのはソートーな年齢らしいゾ」と書いていた。発表されたのは一九九三年、こうして七十代の扱いは大きく変化した。

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原作と映像作品があれば、まずは原作を読みたい。だから在職中は家族が「シャーロック・ホームズの冒険」や「名探偵ポアロ」を見ていても、ごいっしょせず、いずれ原作を読んでからにしようと思っていたがなかなか原作に手を伸ばす余裕はなかった。

ところが退職とともに事情は大きく変化した。ホームズは既読を含めすべて読み直し、ポアロもかなりの作品を読んだ。映像作品はNHKの再放送でホームズもポアロミス・マープルコロンボ一気通貫全編視聴した。最近ではスティーブン・キング『ミスター・メルセデス』とだいぶんまえに読んでいた池井戸潤ノーサイドゲーム』のテレビドラマがU-NEXTで配信されていてさっそく視聴した。NHK大河ドラマや朝の連続ドラマとはまったくの無縁で、見たいとも思わないが、民放で放送のあった池井戸潤原作の「半沢直樹」や「下町ロケット」は見てみたい。ただし、ここまで来ると読んでから見るのは困難とならざるをえない。

長年ミステリーに親しんできたが、読書と映画に限られていた。退職後はこれにTVドラマが加わった。そしてストリーミング配信が多彩になり、NetflixやU-NEXT、AmazonYouTube等にあるコンテンツの評判を聞き、さまよい歩いている。原作はできるだけ読みたい。そのいっぽうで、へんな義務感から解放されて心の赴くままにさまよえばよいとも考ている。世には退職して気持が落ち込んでしまった方がいらっしゃると聞くがにわかには信じられない。

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横山秀夫ノースライト』を読み、久しぶりの横山作品だからこの際、未読の短篇小説を読んでおきたくて『臨場』および『臨場スペシャルブック』(ともに光文社文庫)に取りかかった。こちらもストリーミングで配信されていてたのしみにしている。このTVドラマが放送されていたのは在職中の二00九年四月で、わたしは名前すら知らなかった。十五年遅れで追っかけている老爺は暇と退屈がありがたくて、感謝いっぱいである。

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日本橋のコレド周辺は私のフェイバリットなエリアだ。きょうは喫茶店で昼食、そうして寺澤行忠著『西行―歌と旅と人生―』(新潮選書)を読み進めた。寺澤本はわかりやすく、ためになる好著だ。そして十五時過ぎからTOHOシネマズで「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」。心ウキウキで、なんだかウェルメイドなミュージカルの印象だった。

帰宅後NHKプラスで晩酌をしながら大相撲を視聴。そのためにスマホニュースは封印してあった。ふと、ほんとうはこうした隠居生活を五十代からはじめたかったと詮ないことが心に浮かんだ。金もなく才覚もない老爺の桃色吐息ならぬ悔恨吐息である。

相撲のあとネットニュース見ると、舞の海が「これは照ノ富士に文句を言ってるわけではないんですよ」と前置きしたうえで「いいときは出てくる、駄目なときは休場または途中休場」と語っていた。直言か嫌味か、後者だろうな。照ノ富士の好調が不満なら横綱も番付降格はあってしかるべきと堂々と制度改変を提案すればよい。

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暑い。ニュースでアナウンサーが、命に関わる暑さ、と口にしていた。午後のひととき、ジャズを聴くことが多いけれど、いまは暑さとジャズがわたしのなかで結びつかない。そこで美空ひばりのオリジナル、カヴァーをとり混ぜてずいぶん聴いた。こんなとき、日本人だなあって自覚する。

食欲は旺盛でウナギを喰いたいと思っていると、ちょうど読んでいる馬伯庸『両京十五日』(ハヤカワ・ミステリ)上巻に《淮安で一番有名な料理は〝 ウナギの全席〟です。タウナギで一席の料理が作れるのです。この軟兜長魚は筆の軸ほどのタウナギの背肉を強火で炒めたもので、香ばしく、また柔らかさも……(中略)箸でつまんでみると、タウナギはやわらかく両側が垂れ下がり、なるほど兜のような形だ。それを口に入れてみると、滑らかなること無比、まるで自分から口に入ってきたようだ。嚙んでみると、油の香りがあふれ出し、歯の間と舌の根にひろがって、一瞬で全身が愉楽にひたされる》とあり、うーん、喰いたいと、ここまで書いたところで、横浜市京急百貨店で「うなぎ弁当」などを食べた複数の客が体調不良を訴えたというニュースを知った。

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七月三十一日。先月の日記に《東京レガシーハーフがはじまってことしは三回目で十月二十日に予定されている。一昨年、昨年と当選したので、ことしも期待していたがあえなく落選した。これまで順調だっただけに余計落胆は大きい。週末の一日は十月に向けて20kmほどを走るようにしているが、落選で気合がはいらずこの土曜日は10kmあまりで終わりとした》と書いた。それがきょうになって《この度は、スポーツエントリーを通して、東京レガシーハーフマラソン2024にエントリーいただき、誠にありがとうございます。ONE TOKYOプレミアムメンバー限定で、一般抽選で落選された方を対象に二次抽選を実施させていただきました。抽選結果につきましては、マイページよりご確認くださいい》とのメールが届き、確認したところ当選していた。狐につままれたような感じである。