「デリシュ!」

デリシュ、フランス語でおいしいを意味することばです。

フランス革命がすぐそこまで迫っていた時代、料理人が作る料理は王侯貴族の味わうものであって、民衆とはまったく無縁、そもそも庶民は味覚の能力を欠いているとされていました。シェフによる料理は選ばれた人のためのもの、おのずとかれらが仕えるのは宮廷と貴族に限られていました。

そんななか、シャンフォール公爵(バンジャマン・ラベルネ)が抱える凄腕のシェフ、マンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)が料理にジャガイモを用いたことから宴席でトラブルとなり、クビになってしまいます。当時ジャガイモは南米から持ち込まれた奇妙で醜い、いわば被差別的なもので、それをあえて用いたのは食の冒険だったのです。

マンスロンにとって公爵は自身の料理のよき理解者であり、その的確な賛辞と批評はプライドの拠り所となっていました。いっぽう公爵の批判には招待客の面子を立てなければならず、図らずもマンスロンを手厳しく咎めた面がありました。だから宴席でマンスロンが謝罪をすれば公爵のお抱えでいられたのですが、料理というモノに込めた職人のウデを納得ゆかないかたちでなじられ、プロ根性を傷つけられたマンスロンは、ルソーの思想や革命の潮流に心を寄せる息子とともに公爵のもとを去ります。

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やむなく失意の日々を実家で過ごしているマンスロンのところへ、何かわけありの中年女性ルイーズ(イザベル・カレ)が弟子入りしたいとやって来ます。

マンスロンははじめ断りますが、やがて高級娼婦あるいは高貴な身分の女性とおぼしい女性に食材の選び方から教えてゆきます。そして新しい時代を待望する息子は、もう誰かに仕えるのはやめて、みんなに食べてもらおうと父に訴えます。

こうして少しばかり失意から抜け出したマンスロンは旅籠形式の屋内と前庭にテーブルを並べ、卓毎に料理の提供をはじめます。

王侯貴族の独占物である料理が民衆のほうへと流出しはじめ、料理を提供する場所=レストランが生まれ、上流階級にのみ仕えていたシェフが社会全体の認知する存在となります。また女性の能力は劣っていてプロの料理人にはなれないという壁にほんのわずか風穴が空いたのでした。

こうした物語がフランスの田園の四季を舞台に描かれます。ときに緑が萌え、黄紅葉が輝き、雪が覆う、うっとりするほど素晴らしいカメラワークです。料理のシーンの素晴らしさは言うまでもありません。すなわちスクリーンに映るすべてが美しい、料理と社会と自然の交わる名品!

気になったことをひとつ。新しく生まれたレストランのテーブルは屋内とともに前庭にも並べられていましたから、前庭のテーブルはカフェテラスに連なっているのかもしれません。

わたしにははじめてのエリック・べナール監督作品。これから要注目です。

(九月二十九日 TOHOシネマズシャンテ)