辛夷

ご近所の根津神社の裏門坂に辛夷の木が何本か並んでいて、春の足音が近くなるいまの季節、白い花を咲かせる前の蕾を見せてくれている。名前の由来は、この蕾が子供の拳(こぶし)に似ているところから来ているとするいっぽう『滑稽雑談』(正徳三年)には「初出は筆の形なり。花開きて木蓮花に同じ。二三月に咲くなり」とあり、このばあいは木筆(こぶし)となる。

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「花籠に皆蕾なる辛夷かな」正岡子規

花籠にあった辛夷の蕾を子規は子供の拳と見たか、それとも筆の形と見たか。やがて咲く八重の花も浮かべていたかもしれない。

辛夷はまた開花を合図に農作業をはじめる慣習から「田打ち桜」「種まき桜」の名もあり、いかにも日本原産の花木にふさわしい。それに文学素材の桜、梅とくらべると生活密着型のようでもある。

ご存じのように、この木は秋になると赤いきれいな実をつける。寿いであげたい木なんですね。 これについては歳時記に赤い実の種が辛いことから、ヤマアララギ、コブシハジカミという名も生まれたとあった。

「雉子一羽起ちてこぶしの夜明けかな」白雄 

「いづこへか辛夷の谷の朝鳥よ」佐藤鬼房

鳥に似合いの辛夷である。