「声もなく」

ホン・ウィジョンという一九八二年生まれの新人監督が撮った韓流作品です。素晴らしいというか、凄いというか、いずれにしてもこれから要注目の女性監督に大きな拍手を贈ります。

鶏卵の小売をするいっぽう犯罪組織から死体処理を請け負う中年チャンボク(ユ・ジェミョン)と若者テイン(ユ・アイン)の二人組。カタギの仕事で小銭を稼ぎながらヤクザの下請仕事をしている、いわば裏社会の最下層でうごめく存在です。おまけに二人は心と身体に傷を負っていて、若者は言葉を発することができず、中年は片足不自由で足を引きずっています。

この二人組にふだんは死体処理を請け負わせている犯罪組織から、身代金目的で誘拐された十一歳の少女チョヒ(ムン・スンア)を一日だけ預かるよう話が持ち込まれます。「専門外ですから」といっても聞いてくれるはずはありません。

組織はチョヒの弟をターゲットにしていたのにまちがえて娘を連れ去ってしまい、そのため、父親は息子が大丈夫だから、娘には高額の金を払いたくないと身代金の値引きをいっているようです。一日だけ預かるよういわれた二人組だったのですがこれでは一日で済むはずはありません。男の子がいるので、女の子の身代金はケチるなんて遠い昔の話ではなくスマホの使われている現代韓国の物語です。念のため。

誘拐をめぐる混線と混乱の余波は組織の抑圧に耐えながら死体の処理にいそしむ二人にモロに及んだところで、苦味と不気味と微かなユーモアを素材とする「奇妙な味」が匂ってきます。「パラサイト 半地下の家族」もそうだったように、この味を醸しだすのに韓国映画はとても上手ですね。

こうして若者テインと中年チャン、身代金未払い状態の少女チョヒ、それにテインの妹でチョヒと同年代でありながら通学もできないままでいるムンジュ(イ・ガウン)の四人の異様な人間関係がつくられ、渉外役のチャン以外の三人はテインの家で暮らすようになります。

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残酷と絶望のドブ泥における風変わりな生活。そのなかでチョヒはしっかり者の姉のようにムンジュの世話をし、洗濯物のたたみ方から部屋の片付けまで教え込み、テインの乱雑を極めた家のようすはずいぶんと変わります。その光景はテインの心を和ませ、チョヒとの関係に微妙な変化をもたらします。

ときどきドブ泥のなかの抒情といってみたくなるショットがあり、そのカメラワークに惹かれました。しかし抒情に流れることはなく、チョヒの行動はミステリアスな趣を増してゆきます。

誘拐の着地点がわからないままにテインとムンジュに心を寄せると映る彼女の行動は自己防衛なのか、それとも逃亡のための段取りなのか、あるいは家族から見捨てられた少女の擬似家族にたいする振る舞いなのかは不明のままで「奇妙な味」はサスペンスの風味をくわえ結末に向かいます。

「異様な人間関係」の四人の役者陣、とりわけユ・アインの声のない犯罪者の複雑な感情表現と、ムン・スンアの聡明、あどけなさ、棘のありそうな深慮を危ういバランスで保った姿は名演というほかありません。

原題:Voice of Silence

(二月一日 シネマート新宿)