「天才バイオリニストと消えた旋律」

一九五一年、将来を嘱望されている若手ヴァイオリニスト、ドヴィドル・ラパポートのデビューコンサートが開かれるその日、かれは忽然と姿を消した。リハーサルを終え、あとは本番を迎えるばかりだったのに。

冒頭に提出されたこの謎にたちまち引きつけられました。そうなると、あとはいぶかしい謎がどのように解かれ、いかなる着地が用意されているかを興味津々で眺めるばかりです。じっさいわたしは目を凝らしっぱなしで、緊張をほぐすひとときもありませんでした。

ポーランド生まれのユダヤ人ドヴィドルは天賦の才をもつ少年としてロンドンの音楽プロデューサー、ギルバート・シモンズの家に寄宿し、演奏家への道をあゆみはじめ、そのなかでシモンズ家の息子で同い年のマーティンと心を許しあう仲となります。

そして戦時を生き抜き、デビューの日を迎えました。九歳でポーランドからイギリスにやって来て十二年が経っていました。そのかんポーランドの家族がどうなったのかは不明のままです。このなかで突然失踪したのはなぜか。幕が上がる直前のドヴィドルの不在を、息子のように慈しみ育てたプロデューサーは死んだのではと頭を抱え、息子のマーティンは最後まで現れると信じていたのですが期待は裏切られてしまいました。

f:id:nmh470530:20211220132920j:image

三十五年後、父の跡を継いだマーティン(ティム・ロス)はオーディションでバイオリン松脂を舐める癖のある若いバイオリニストを知ります。訊けば街頭で日銭を稼ぐ老バイオリニストの癖を真似ていて、それはドヴィドルの癖にほかならなかった。これを機にマーティンはドヴィドルの行方を追いはじめます。ロンドン、ワルシャワ、ニューヨーク……

失踪の原因はなんだったのか、ドヴィドルはその後どうなったのか、三十五年後のいま生存しているのか。重層化された謎が、戦前、戦中、戦後、そして八十年代と行きつ戻りつしながら解き明かされてゆきます。

これまで音楽作品を手がけてきたフランソワ・ジナール監督は本作でミステリーと音楽とをクロスさせてみせました。ならばミステリーとして冒頭の謎の解明は合理的で納得できるものだったのかといえば偶然と強引に頼った点でいささか難はあったけれど、音楽映画(原題The Song Of Names)としては余韻を残した立派な結末だと思いました。

演技陣ではドヴィドルとマーティンの少年期を演じた役者たちが光っています。

(十二月十六日 ヒューマントラストシネマ有楽町)