「パーフェクト・ケア」〜ブラックな介護で大儲け

スパイ小説の作家に、ジョン・ル・カレイアン・フレミングが、主人公でいえばジョージ・スマイリーとジェームズ・ボンドがいて世の中はまじめとおあそびの均衡がとれている。

古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラティウスが「徳そのものを飽くことなく追い求めると、賢者も狂人と呼ばれ、正しい人も不公平な人と呼ばれることになりかねない」と述べていて、徳ばかりではなく、まじめとおあそびもどちらかいっぽうに傾きすぎるのは健全な社会ではありません。

おなじく高齢化社会を取り扱った映画に「ファーザー」(2020年フローリアン・ゼレール監督)があり、いっぽうに「パーフェクト・ケア」があってバランスの保たれた世の中である。「パーフェクト・ケア」をみてすぐさまこんなことを思いました。

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まじめ系にたいするエンタメ系という呼び名では物足りず、それよりも、おもしろぶっ飛び系と名づけたいこの作品のオリジナル・タイトルは「I Care a Lot」。手一杯の介護をアピールするマーラ・グレイソン(ロザムンド・パイク)ですが、彼女の念頭には介護とか福祉とかはまったくなく、あるのは金のことばかり。「とりあえずは金を儲けること。徳は金の後」といったのもホラティウスなのですが、マーラには金を儲けたあとも金ばかりで、徳なんて微塵もありません。

なにしろ独居の高齢者を喰い物にして大儲け、ひと財産をなそうというのですからぶっ飛び系の名に愧じません。具体には医師を巻きこみ、法廷をごまかして資産のある高齢者の法定後見人となってその財産をむしり取るのです。

ところが狡猾を絵に描いたような悪徳後見人のマーラが医師と結託して、これと目星をつけた資産家の老女ジェニファー・ピーターソン(ダイアン・ウィースト)の後見人となったまでは稼業は順調だったのですが、老女のバックにはロシアンマフィアの流れを汲む男ローマン・ルニョフ(ピーター・ディンクレイジ)がいて、ジェニファーの奪還作戦からはじまり、資産の争奪戦、さらには殺し合いに突入します。

まことによくできた、高齢化社会の深部を抉ったブラックな物語でした。

監督、脚本(製作陣にも名を連ねている)はジョナサン・ブレイクソン。Wikipedia英語版には紹介がありますが、日本語版にはありません。もちろんわたしははじめて知る名前でした。実質的なデビューは二00九年ですからまだ若く、これから要注目の映画人としてリストアップしました。

おそらく脚本段階でマーラ役はロザムンド・パイクに当て書きされたのではないでしょうか。じつによくお似合いで、その怪演ぶりにシビれました。

(十二月七日 角川シネマ有楽町