「ブライズ・スピリット〜「夫をシェアしたくはありません!」

名前しか知らないノエル・カワードの、名前も知らない戯曲「陽気な幽霊」(つまりBLITHE SPIRIT)を原作とした映画と説明されてもピンと来なかったのですが、副題に「夫をシェアしたくはありません!」とあり、これでロマンティックコメディというよりも昔ふうの艶笑喜劇の匂いを感じ、そうなるとエルンスト・ルビッチが思い出され、パスはできないと映画館に足を運びました。

あとで調べてみると「アラビアのロレンス」のデビッド・リーン監督がこのノエル・カワードの代表作を一九四五年に映画化していて日本では一九五一年に「陽気な幽霊」として公開されていたと知りました。また戯曲「陽気な幽霊」は一九四一年の初演以来およそ二千回にわたり上演されていて不勉強を反省、痛感しました。

かつては外国映画の邦題は映画会社の腕の見せどころでしたが、いまは英語の原題をそのままカタカナにすることが多く「ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!」はめずらしい副題に反応したしだいでした。

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イギリスのベストセラー作家チャールズ・コンドミン(ダン・スティーブンス)はハリウッドへの進出をかけてシナリオを執筆中なのですが、深刻なスランプに陥り、お手上げ状態にあります。妻のルース(アイラ・フィッシャー)の父はハリウッドの有力プロデューサーで、このままでは妻と岳父の期待を裏切ってしまいます。

じつはチャールズの小説は事故で亡くなった先妻エルヴィラ(レスリー・マン)のアイデアを基にしたものばかりで、彼女のサポートなしに筆は進みません。ギブアップから救出してくれるのは彼女の助力しかないとチャールズは意を決して霊媒師のマダム・アルカティ(ジュディ・デンチ)を招いて交霊会を催します。

マダムは亡妻エルヴィラの霊を呼び出してくれたのですが、エルヴィラはみずからが幽霊となっていて、しかもチャールズに新しい妻がいることにショックを受けてしまい、ここで生身の夫と妻と、幽霊としてこの世に戻ってきた先妻とのあいだに騒動が持ち上がります。

エルヴィラのおかげで執筆は捗りますが、彼女の嫉妬心は収まらず、これにはじめは事情がのみ込めなかったルースが先妻の帰還と知り、対抗心を燃やします。

登場人物の状況、境遇が似た古典落語に「三年目」があり、映画の進行とともにわたしはこの噺を連想し、気弱な小説家と二人の妻とのやりとりでは近年のウディ・アレンの映画に一層のスラップスティックの度合を高めるとこんなふうになるのかなと思いながらみていました。古典落語ウディ・アレンの作品とがリンクするなんて思いもよらなかった素敵なひとときでした。

妻と死別した夫が再婚したところへ、逝った妻が幽霊として戻って来て、騒動が勃発するという物語の構造はイングランドの劇作家と古典落語とに共通していて、相違点、たとえばエルヴィラは天性のブライズ、陽気な女性なのですが、噺のほうはおしとやかタイプの奥さんが次第にヒートアップします、それにイギリスでは霊媒師が介在しますが、落語では自分の意思で鬼籍から抜け出して来るとかのことを含め興味関心をかき立てられました。

ときは一九三七年。アール・デコ様式の豪邸、緑豊かな庭園、エレガントなファッション、スイートな楽曲などが古き良き時代の雰囲気をいやが上にも高めてくれます。

作家チャールズを演じたのはTVシリーズダウントン・アビー」でブレイクした男優、そして監督は同シリーズの演出陣の一人エドワード・ホールです。

(九月十四日 TOHOシネマズシャンテ)