ワクチン接種一回目予約完了

「さつきの頃、家々にのぼりたつるをみて によきによきとたてる幟の子だからはげに家々の御珍宝かな」大田南畝

五月はかくありたいものだが、いまはオリンピックパラリンピックと新型コロナ感染症が合体し「によきによき」と不気味に迫ってきている感じがする。

おなじく大田南畝『俗耳鼓吹』にある笑い話をひとつ。

 浪速の一本亭芙蓉花という人が江戸に来て浅草観世音の堂に絵馬を捧げ、狂歌をよんだ。

「みがいたらみがいただけはひかるなりせうね玉でもなんの玉でも」

「せうね」は性根、心がまえ、根性です。

どなたかがこれに応じた。

「みがいてもみがいただけはひかるまじこんな狂歌の性根玉では」

もうひとつ 多稼翁当時(タカオキナ・ソノカミ?)という人の落首があり、こちらはさすがの南畝先生も本文に収めるのは憚られたのだろう、欄外に手書している。

「金玉はみがいてみてもひかりなしまして屁玉は手にもとられず」

巧みに風刺、皮肉、揶揄する狂歌のやりとりに江戸の社会の魅力をかいまみた気がした。

ついでながらレイモンド・チャンドラー『リトル・シスター』(村上春樹訳)でフレンチ警部補が「ベイ・シティの警官はどうしてそんなにタフになれるんだろうな、キンタマを塩水で漬けるとか、そういうことをしているのかい?」という箇所の清水俊二訳「ベイ・シティの警官はどうしてそう威しが好きなんだね。頭を塩漬けにでもしてるのか」。

原書がないからわからないが「頭」と「キンタマ」に互換性はないはずなのに。

          □          

わいせつ行為で免職になった者がいつのまにかもう一度教壇に立っていたとニュースで知り、驚き、あきれた。そうした過去をもつ人は教壇ばかりでなく人前に立つのも避けたいと思わないのかなあ。それともふつうの神経からかけ離れている、というかもともと常人の神経ではないから淫らな行為に及んだのか。

チェックする側の杜撰さにもあいた口が塞がらない。安倍内閣のもとではじまった小中高の教員にたいする免許更新制度は、できるだけ教員に自由な時間を与えない、手足を縛って鞭を当て続けなければならないとの思いが政府与党の考え方のベースにあったとわたしは睨んでいるが、肝心なことが抜かっていたわけだ。

永井荷風が「二百十日」という随筆に「西洋にては上流の子弟は男女を問はず年頃になるまでは市中の学校には通学せしめず家庭教師について学ばしむといふ。わが国にても追々さうでもしなくては叶ふまじ。半玉でも抱えた気になつて月経を調べる先生出づる世の中大事な娘にもう学問はさせられず」と書いている。

大笑いしたあとで以下の二点につき疑問を覚えた。

西洋上流家庭において家庭教師を雇った一因に、教師のセクハラ、わいせつ行為を避けるためもあったのか、もうひとつ、大正時代には荷風のいうように、女学校の教師のなかに生徒を半玉(芸者の見習い)のようにみていた者もいたのだろうか。学校とは厄介なところである。

          □

紀州ドンファンと呼ばれた人の殺害事件から三年ほど経った四月二十八日、元妻が容疑者として逮捕された。

殺人事件の捜査に優先順位はあってはならない、公式には。しかしトリアージじゃないけれど、いずれを重要視するかという微妙な問題はあるような気がする。元妻はいま容疑者であり、いずれ真相が明らかにされるよう願っておくが、女に金を使いまくった大資産家の痴情のもつれに警察はどれほどの位置づけをしていたのだろう。

ウィキペディアに、二十世紀に活動した日本の政治活動家、ヤクザ、実業家、通称「歩く三億円」、えせ同和行為の黒幕、大物の同和事件屋として名を売ったと紹介のある某が一九八四年に入院中の病院で殺害されたときは、二三度みかけたことのある人物だっただけに驚きはしたが、他方で捜査の優先度、喫緊の度合はそれほどでもないだろう、暴力団とのいさかいと考えられる事件を担当する捜査陣のモチベーションも高くないだろうと想像した。

捜査は警視庁で殺人事件を担当する捜査一課にくわえマル暴担当の捜査四課や公安警察まで動員して行われたが、けっきょく迷宮入りとなった。一部には霞ヶ関から恨みを買っていたことから暴力団による犯行ではなく、公権力を背後に持つ特殊部隊の犯行と報じる向きもあった。こうしたいきさつから紀州ドンファンの事件にたいする捜査陣の胸の内を忖度したしだいである。

          □

月に一度、第二土曜日に行われている10キロレース(ヴァーチャル)に出走していて、先月の結果は 56:58 、440/1012、昨秋七十歳になってからではいちばんよい成績だった。うれしいことに今月五月八日のレースはそれを更新して、56:16、283/846だった。まことにめでたく、若干強化した筋トレの成果だと信じたい。

ときにかつてのタイムを思わぬではないけれど繰り言に過ぎない。すでに人さまとの闘いどころでなく、何よりも自分との闘いである。他の競技はわからないが長距離走のよいところは高齢になっても自分との闘いをバネにそれなりにプレーできることにある。新コロ禍のなか走れるのはありがたい。

家族からは、あまりタイムに熱中しない、タイムにこだわる高齢者で故障する人は多いと説教されている。わたしもあくまで完走第一、タイムは余徳であり、そのうえで適度な余徳の追求が完走のモチベーションを高めるという。

秋に行われる予定の東京マラソンは落選だった。早くフルマラソンを走る機会がやって来てくれないと完走は難しくなるのではと心配している。

          □

いま池田清彦『騙されない老後』(扶桑社)を読んでいて、なかに毎日3キロのジョギングをすると決めたら、真面目な人ほどそれを守る、若い人はそれで効果があるかもしれないが、老人のばあいはおなじ距離でも負荷は日々強くなってゆく、それなのに何がなんでも3キロを走り続けるなんて、体にいいわけがない、とあった。

現職のときは毎日は走れず、休日集中で長い距離を走ったが、退職後はほぼ毎日となり、3キロどころか、7キロほどを走っているから、池田先生がおっしゃるように身体によくないのはその通りだろう。早死にしてもよいから走りたいなどとは思っていないし、健康のためだったらウォーキングに転向したほうがよい。ならばどうして走るのか。

長年の長距離走が習慣化して、依存症もしくは生活習慣病化しているというのが自己診断で、一日二日の休みはまだしも三日走らないとなると身体の調子がおかしく、それ以上に精神的にイラっとしていけない。

中国北宋時代の書家、詩人だった黄庭堅は(1045~1105)三日も本を読まなかったら、面つきも言葉遣いも悪くなるといった。(士大夫三日書を読まざれば、則ち理義胸中に交らず。 便ち覚ゆ、面目憎むべく、語言味無きを)

わたしは三日のあいだ本を読まなくても大丈夫だが、走らないのはさびしい。

『騙されない老後』を読み進めると池田先生が「なかにはハードな運動が楽しいという人もいるけど、言っちゃあ悪いが、それは一種の中毒である。苦しい思いをして走ったりしたあとに爽快な気分になるのは、エンドルフィンという脳内麻薬が出るせいである」と書いていた。どうやらわたしは エンドルフィンに侵されているらしい。数十年の長きにわたるから麻薬の量は凄いぞ。

          □

イギリス人作家によるスパイ小説はグレアム・グリーンジョン・ル・カレをはじめそれなりに読んできたが、このほどはじめてわが国の外事警察を描いた月村了衛『東京輪舞』(小学館)を読んだ。 砂田という外事畑の警察官のあゆみを通してロッキード事件東芝COCOM違反事件、ソ連邦崩壊、オウム事件などを取り上げた公安外事警察ものであり、 広い意味での国産スパイ小説そして出色の作品である。

砂田はヒーローとは遠く、 狂言回し的役割を担っていて、そのやるせなさ感はジョン・ル・カレを思わせてよろしい。

読み終えたあと、未見の録画ドラマ群にずばり「外事警察」があり、いよいよ見ごろと視聴に臨んだ。遅ればせながら、こうして本と映像が交わりエンターテイメントの世界が広がるのはしあわせなひとときだ。

          □

図書館で借りて読むつもりだった平居紀一『甘美なる誘拐 』(宝島社文庫 )を変更して購入した。五月十一日付の日経、朝日、読売朝刊に掲載した「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される。」という政府の新コロ対策についての意見広告にエールを送りたくて。

ワクチンについては先日高齢者用接種券が届いたが区の予約サイトを開くたびにすべての接種会場が予約不可になっていて次は何日から予約できます、なんてある。機敏に動かない人はダメということだな。政府が設ける大規模接種会場は密になりそうだから行かない。それに区が接種するファイザーのほうが国のモデルナより評判がよさそう。

いっぽう子供からのメールには、急いではいけない、副反応をよく見極めてからで遅くはないと書かれてあった。やれやれ。

          □

TVドラマ「外事警察」全六話をみた。二00九年にNHKが放送した作品で、録画は日本映画専門チャンネルが再放送したときのもので、よくぞ録っておいたと思える出来栄えだった。 

NHKが放送したときは在職中でTVドラマとはまったく縁がなく、タイトルさえ知らなかったから、これも退職のおかげである。

外事警察」は エスピオナージュの味付けがされた警察もので、日本にもこれほどシリアスなスパイドラマがあったんだとうれしくなった。公安警察の外事課とテロリストとの壮絶な情報戦争、騙し合いを描いた作品だが官房長官や米国の軍事産業も登場して骨格は大きい。そのうち麻生幾の原作を読んでみたい。

ソ連と向き合ってきた外事警察官の辿った人生を描いた月村了衛『東京輪舞』のおかげでこのドラマにたどり着いた。TVドラマではジョン・ル・カレのスマイリー三部作を四十年ほど前にBBCアレック・ギネス主演で製作していて、日本での放送を切望している。

          □

平居紀一『甘美なる誘拐』読了。誘拐、やくざ、地上げ、詐欺、胡散臭い宗教団体などダークな世界を扱いながら、読み終えてみると爽快な青春小説の香りがする。よかったなあ。誘拐ミステリーに、騙し騙されのコンゲーム小説の要素が加わり、最後に小技を効かせたどんでん返し。そうだったのかとニヤリ。

『甘美なる誘拐』の主人公は市岡真二とその相棒の草塩悠人、それぞれ二十二歳と二十三歳、ともに零細暴力団の組員見習い、阿漕な組長からは盃をもらっていない。トホホな日常が組長の企てた誘拐を機に大きく変化する。ミステリー紹介の礼儀で着地点は示せないけれど、一種の人間成長小説の趣もある。

先日みた映画「ヤクザと家族」は暴対法の影響でかつての隆盛の影もなくなった組の姿がシリアスに描かれた名作だったが、「甘美なる誘拐」も斜陽産業と化したやくざの世界を背景としている。主人公の二人はやくざの見習い、いわばやくざ未満の若者の手探りの人生が本書の魅力のひとつとなっている。

          □

五月二十一日、IOC国際オリンピック委員会)のジョン・コーツ調整委員長が会見で「大会開催中に東京に緊急事態宣言が出されたら、開催するのか?」と問われ「その質問に対する答えはイエスだ」と発言した。「東京に緊急事態宣言が出ていようと出ていまいと、我々の対策によって安全な大会は可能だ」と述べたとの報道もあった。

これまでのところ政府はこの発言になんらコメントしていない、つまり容認している。いま日本は半植民地状態じゃないのか。

ともかくこの発言で 新型コロナ感染症がどのような状況であろうともオリンピックパラリンピックは開催されると見極めはついた。七月中旬の感染状況の予想はできないが、被害を避けるためにはどうすればよいか、感染状況によっては一時的に東京を離れる案も含めて考えておかなければならない。余計な心配増すばかり。

大田南畝『仮名世説』に荻生徂徠のエピソードがある。

 下谷の万年山祝言寺は徂徠と何かの縁があったそうで、徂徠の家に仕えていた老婆が、祝言寺の説教への参詣者は数多いのに、こちらの講義会読に来る者は少いというと徂徠先生、臭いものには多くの蝿がたかる、と語ったそうだ。そこですぐに IOC のバッハとかコーツとかの顔が浮かびこの組織の臭さを想像して辟易した。

          □

一回目のワクチン接種の予約がようやくできた。文京区での接種だからファイザーになる。五月二十一日に予約して、接種は七月一日。予約できてすぐに三つのことを思った。その日、気分が悪くなったりすると晩酌がヤバいのでそれはなんとしても避けたい、オリパラが強行されるとなると開会式までに二回目を済ませたいが、間に合わない可能性が高い、副反応の問題が頻発すればキャンセルしなくてはならない。

子供のころインフルエンザの予防接種をしたかどうかはわからないが成人してからは接種していない。毎年区から高齢者に向けた案内はあり、一応考えはするけれどこれまでインフルエンザに罹患したことがないので、突然異物が体内に入ってくるのが怖くて結局はパスしている。新コロ接種も嫌だな。

そうはいっても海外旅行は行きたいので接種しない選択はない。副反応のトラブルを注視しよう。