新コロ漫筆~医者寒からず・・・

江戸時代の医学書の多くは漢文で書かれていたから、医師志望者は漢文の素養を高めるために四書五経など儒学の古典を学んでいて、医学と儒学は隣り合わせていた。

漢文の医学書といっても内容はすべて東洋医学ではなく、なかには漢訳された西洋の医学書が清国との貿易を通じて日本にも入ってきていた。

江戸時代の西洋医学オランダ語により学ばれただけではなく、蘭学以前に漢訳西洋医学書を通じ西洋医学を探究する漢方医たちがいて、その延長線上でとくに文化文政以後多くの洋学者が輩出したのだった。

おなじく四書五経を学ぶといっても儒者儒学の真髄を学ぶため、医者は漢文の素養を高めて医学を学ぶためだから方向は異なる。しかしなかには儒者を兼ねた医者がいて儒医と呼ばれた。儒者が医者を兼業するのは儒学を教えるだけでは収入が少なく、漢文で医学書を読むことができたから医学にも手を伸ばしたのである。

「医者寒からず儒者寒し」ということわざがある。 おそらく朱子学武家政治の基礎理念とした江戸時代に出来たもので、医者は裕福、学者は貧乏が社会通念であり、儒医の存在はそのことの証となっている。

診察をうけ病気が快癒したよろこびに較べると孔子様の教えの講釈はありがたいけれど見劣りするのは否めず、そこに「寒からず」と「寒し」の差があるわけだ。そして明治以後、儒者は文系の学者となり、学者寒からずの例も多く見うけるようになったが「医者寒からず儒者寒し」という通念は健在であった。

ところがいま新型コロナウイルスが「医者寒からず」を揺さぶり続けている。

二0二0年八月の外来患者数は、二0一九年の同時期と比較して、内科は5.5%、整形外科は5.9%、眼科は3.6、耳鼻咽喉科は16.9%それぞれ減少、小児科にいたっては30.6%の減少となっている。(NHKおはよう日本

新型コロナウイルス感染症の患者が増加すると患者を受け入れている病院は人手不足などから収益を見込める一般患者の受け入れや手術を制限せざるをえない。大阪市立十三市民病院は十八の診療科のある総合病院だったのがコロナ専門病院となった結果、昨年四月十六日以降外来診療や救急診療、手術を順次休止させ、およそ二百人いた入院患者全員を転退院させた。収益の落ち込みは相当なものだろう。この病院では「本来の専門分野の患者を診られないのがつらい」「負担が重すぎる」として十一月末までに医師十人、看護師・看護助手二十二人が退職した。いっぽう感染症患者を受け入れていない病院では受診控えで来院者が大きく減少した。感染者受け入れの有無にかかわらず病院経営に深刻な影響が及んでいる。おのずと医療関係者の所得は減少するから「医者寒からず」なんていっていられない。

「医者寒からず儒者寒し」は医者の社会的、経済的地位を示すことわざとして江戸から明治、大正、昭和、平成、令和のこれまで受け継がれてきた。しかしいまは新型コロナという寒波が医療関係者を襲っていて「医者寒し」の状態にある。コロナ禍が収束したときこのことわざはどんな様相を帯びているだろう。