新コロ漫筆~「必ずやる」

新型コロナウイルスの第三波が猛威をふるうなか、七月二十三日から予定されている東京オリンピックパラリンピックの開催をめぐる議論が熱を帯びてきた。世論調査では国民の八割以上が中止もしくは再延期の意向だから風当たりが強くなってきたといってよいだろう。

こうしたなか菅首相は「人類がコロナウィルスに勝利した証として東京オリンピックを開催する」、自民党二階幹事長は「東京オリ・パラを開催して、スポーツ振興を図ることは国民の健康にもつながる。『開催しない』という考えを聞いてみたいくらいだ」と語り、二月二日には東京オリンピックパラリンピック組織委員会森喜朗(前)会長が自民党本部での会合で、今夏の開催について「私たちはコロナがどういう形であろうと必ずやる」「一番大きな問題は世論とコロナ」「やるか、やらないか、という議論ではなく、どうやるか」と明言した。菅、二階、森、お三方の揃い踏みで、賛成はしかねるけれど覚悟のほどはよくわかった。

賛成しかねるというのは菅首相、二階幹事長、森会長が感染状況、世論の動向を踏まえたうえで、最低限こういう条件下であれば実施できると結論したプロセスがわからない不安から来ている。天気予報でいえば晴れマーク頼みで、曇り、雨、嵐のときどうするかがまったく見えず、ユリウス・カエサルがいったように「見たいと欲する現実しか見ていない」としか思われない。

昭和十九年三月、多くの反対を押し切ってインパール作戦を強行した牟田口司令官は軍需品について増強を要請した連隊長・松木熊吉中佐を「第33師団は、軍の補給が遅れているから前進出来んというのか。インパールに突入すれば、食糧なんかどうにでもなる」と叱責したという。

まさかオリンピックに突入すればコロナはなんとかなると考えてはおられないだろうが「私たちはコロナがどういう形であろうと必ずやる」という言葉から浮かんでくるのはオリンピック・パラリンピックという祭典にまなじりを決し、特攻の覚悟で臨む姿にほかならない。祭典はたのしく催すものじゃないか。

わたしはいま七十歳、お三方はいずれも年上で、新型コロナウイルスを怖れぬ意気軒昂ぶりはたいしたもの、たとえ陽性になっても本懐であろうし、高齢者という不安材料はあるがいざというときはすぐに入院でき、最高最良の治療が受けられる。当方は陽性になっても病床逼迫であれば入院できるかどうかさえわからない身の上であり、いまの世界の感染状況のなか開催となると自衛を図らなければならず、まずは疎開を考えることになるだろう。何よりも「われらの安全と生存を保持」(日本国憲法)することが大切である。