マッカーシズムとトランピズム

一九五0年代のアメリカ合衆国アメリカがいちばんアメリカらしかった時代だったとの見方がある。第二次世界大戦に勝利し、ヨーロッパ、アジアと異なり悲惨な戦場とはならず、戦後は政治、軍事、経済、文化いずれも世界トップの位置を占め、安定と繁栄がもたらされたというのがその歴史像である。

いっぽうで戦後から五十年代半ばにかけての米国にはマッカーシズムの席巻という暗い歴史がある。共和党上院議員のジョセフ・マッカーシーにより「共産主義者である」と批判を受け、レッテルを貼られた連邦政府職員やマスメディア、映画関係者たちはその地位を追われ、チャーリー・チャップリンまでもが容疑者とされアメリカを離れなければならなかった。冷戦期とはいえあまりに常軌を逸していた。

アメリカの五十年代をさまざまな面から論じたデイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ1』(ちくま文庫)で著者はマッカーシズムについてこう述べている。

マッカーシーはこう主張した。アメリカを悩ませる国内の破壊活動は、民主党によって容認、推奨されている」

「世界でアメリカの望まぬ事態が起こったとき、その裏には必ず何らかの陰謀が存在している」。

この二つの文のアメリカをトランプと読み替えるとトランプ大統領の言動と瓜二つ、マッカーシズムとトランピズムは一卵性双生児のようだ。

マッカーシズムが猛威を振るうなか、ある民主党議員はマッカーシーを「でっちあげとペテン……アメリカ国民のヒステリーと恐怖に、かつてない規模で火をつけようとした企み」と批判した。トランプ大統領はこの一月六日、彼を支持する集会で参加者に連邦議会議事堂に向かうよう促し、建物はおよそ三時間にわたり占拠され、バイデン時期大統領を正式に選出する会議を中断させた。「 アメリカ国民のヒステリーと恐怖に、かつてない規模で火をつけようとした企み 」という点でもトランプ大統領マッカーシー上院議員の顰に倣っていたようだ。

『ザ・フィフティーズ1』に戻るとデイヴィッド・ハルバースタムは、米国の差別、偏見の核を「外国人と、移民と、アメリカで三世代を経過したと証明されていないすべてのものに対する恐怖、不信、嫌悪」だと指摘している。マッカーシズムはこれらを噴き出させ、トランプは継承して、この四年をその第二楽章とした。

「文明とは礼儀を知る事であらう。交るにも礼儀を以てし又争ふ事であらう。今古人物の美徳を敬慕し誠実に之を称揚することであらう。常に心地よく胸襟を開いて、わが思ふ処を忌憚なく打明けると共に、人の云ふ処を誤解なく聴取る事であらう」。

永井荷風「文明発刊の辞」にあるこの一節を踏まえていえば議会制民主主義とその誠実な運用は人類文明の花のひとつであり、連邦議会議事堂への乱入はこの花を踏みにじる行為だった。