浮雲の思い

東日本大震災のときもそうだったが現在の新型コロナウイルス感染症禍においても、わたしがすぐに 手にしたのは『方丈記』だった。自身にとって天変地異について思い、考えるテキストとしてこれ以上の書はなく、今回何度目かの通読ではとりわけ「浮雲の思ひ」の一語にこだわった。

治承四年(1180年)六月、平清盛は突如京の都から天皇上皇を伴ってみずからの根拠地とする福原への遷都を強行した。ところがこのあと、延暦寺の衆徒の蜂起や平家一門から異論が出されるなど政権運営は困難をきたし、同年十一月、都は再び京都に遷された。平氏の威信の失墜を象徴する出来事だった。

遷都騒動のなかにおけるお役人たちの動向について鴨長明は遷都強行をうけ「官・位に思ひをかけ、主君のかげを頼むほどの人」、つまり官職や位階の昇進を望み、主君の引き立てを期待するような人は一日も早く新都へ駆けつけたが、そのいっぽうには「時を失ひ、世に余されて、期する所なきもの」、すなわち出世する時機をのがし、世間から取り残されて、前途にも希望が持てるとも思えない者がいたとしるしている。対位法の文章がいいなあ。

出世のために福原へ駆けつけた人、前途に希望が持てず京に残った人、いずれも平家の没落のために結果はおなじとなったが、これにくわえて福原遷都のリアクションとして長明は「古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず。ありとしある人は、みな浮雲の思ひをなせり」(古き都はもう荒れはて、新都はいまだにでき上がらない。だれも彼もが、みんなふわふわ浮き出た雲のような気持になっている)と世上の不安を述べている。なお「空に浮かぶ雲。落ち着きの無い不安定な身の上や生活の意にも用いられる」というのが浮雲の語釈である。(新明解国語辞典

貴族の世から武士の世への転換期のなかでの遷都騒動は、貴族が支配した古い都はすでに荒れてしまっているが、武家が支配する新しい都はいまだ出来上がっていないなかでの出来事だった。それは明日はどうなることやらわからない状態という点で、米国と中国との貿易摩擦さらには覇権争い、米露両国の新冷戦ともいわれる関係、難民問題やイギリスの離脱、一部にみられる独裁政治志向で動揺するEUなどに新型コロナウイルス禍が世界を襲っている現在と似ている。

明日の天気予報を参考に行動予定を決めるように、社会の天気予報も知っておいたほうがよいに決まっているけれど「古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず」状態に感染症がくわわって予報は困難を極める。けれど、新型コロナウイルスの感染が一応収束してもなお空に浮かぶ雲状態がつづくことはまちがいない。

とすれば嘆いてばかりいられない。その予報をもとに、何に備え、それぞれの生活を、社会をどんなふうにつくってゆくか、腕のみせどころである。