警察小説の源流~『彼女たちはみな、若くして死んだ』

ヒラリー・ウォー(1920-2008)はわたしの大好きなミステリー作家で、さきごろも『生まれながらの犠牲者』の新訳本(法村里絵訳、創元推理文庫)を読み、あらためてこの人の作品にはハズレがないなあと感心した。

『生まれながらの犠牲者』は行方不明となった十三歳の少女を捜す警察小説で『事件当夜は雨』『冷えきった週末』などとおなじコネティカット州ストックフォード警察署のフェローズ署長を主人公とするシリーズの一冊だ。

シリーズといっても捜査にあたる面々の私生活の変化や警察内部の人間関係や人事をめぐる確執などには触れず、毎度ひたむきに捜査を進める姿が描かれる。だからどの作品から読んでもよく、見方によってはサービス精神の不足と映るかもしれない。しかし、そこが愚直なほどにまじめな作風のこの作家らしいところなのだ。私立探偵サイモン・ケイシリーズは未読ながら、わたしはこれまでヒラリー・ウォーの作品に不満を覚えたことがない。

派手なホームランバッターではないけれど、クリーンヒットを着実に打つシブイ選手というのがわたしのウォーにたいするイメージで、理詰め、足で稼ぐ、細部まで裏付けをしっかりとる、アクションも奇を衒うこともなく、仮説と検証を重ねながらの捜査はスリリングで目が離せない。松本清張「張込み」は大好きな短篇小説(映画も)で、これを長篇に拡大すればウォーの警察小説になるのではないか、というのがひそかな独断だ。

この作家が警察捜査小説(ポリス・プロシーデュラル)というジャンルを確立した記念碑的作品が一九五二年に上梓された『失踪当時の服装は』だった。そしてこの作品を書くきっかけとなったのがチャールズ・ボズウェル(1909-1982)の犯罪実話集『彼女たちはみな、若くして死んだ』(山田順子訳、創元推理文庫)であった。つまりヒラリー・ウォーによってこの先駆的犯罪ノンフィクションは警察小説の源流となったのである。

f:id:nmh470530:20191129140439j:plain

本書がニューヨークを拠点にしていたクィン・パブリッシング社から刊行されたのは『失踪当時の服装は』に先立つ三年前の一九四九年、ニューヨークの花嫁学校の寮での不審な薬物死、海辺のバンガローで発見された身元不明の首なし死体などいずれも若い女性が犠牲となった実在の十の事件が丹念に調べ上げられ、憶測を排した的確な文体で語られている。なお事件はアメリカかイギリスで起きたもので、期間は一八九一年から一九三六年にわたる。

川出正樹氏の解説によると、駆け出しの売れないハードボイルド作家だったウォーは事実のみが発することのできるオーラの虜となり、一言一句貪るようにして読んだという。事実のみが発することのできるオーラとはのぞき見趣味や扇情とは無縁の、事件の顛末を淡々と詳細に描写するノンフィクションの筆遣いにほかならず、ウォーはこのタッチを、一九四六年に起きた未解決事件「ポーラ・ジーン・ウェルデン失踪事件」に取材したフィクションに導入し『失踪当時の服装は』を完成させた。そこにあるのは「実在する都市や施設の名を作中に取り入れ、事件の進行に即して具体的な日時を記載した上で、関係者の反応を細密に描写することで“ノンフィクションのようにリアルなフィクション”」(川出正樹)だった。