祝!ラグビーW杯

ラグビーワールドカップ日本大会は十一月二日、南アフリカイングランドの決勝戦で南アが勝利し、幕を閉じた。準決勝でイングランドニュージーランドに勝利した試合は見事なものだったが、スクラムで南アとこれほど差があるとは思いもよらなかった。

二十年ほどまえ家族四人でニュージーランドを旅行し、オークランドオールブラックススプリングボクスの試合を観戦した。翌日、ノースハーバーへ行き、当地代表チームの練習を見た際、元オールブラックススタンドオフ、フラノ・ボティカ選手にお願いしてわたしたち家族といっしょの写真に納まっていただいた。わたしのお宝ですね。

ワールドカップがはじまるまえニュージーランド旅行の思い出を話題に子供と飲んでいて、わたしはアイルランドに勝てば優勝が狙えると断じたがその後の展開は瞠目すべきものだった。ベスト8入りしたあとは三位、準優勝、優勝の可能性のパーセンテージを考えているなんて以前には想像もつかなかった。

日本が優勝トロフィー、エリス杯を手にするのは叶わなかったけれどよい夢を見させていただいた、とわたしが言うと、子供は、四年後のパリでは正夢になるよと応じてくれた。

大会期間中に六十九歳になったからパリ大会のときは七十三歳。元気であればラストチャンスのパリとして、ひと月のあいだ観戦しながらテロの不安のない「花の都」で暮らしてみたいな。

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福井県高浜町森山栄治元助役(本年三月死去)が二0一一年から二0一八年にかけて関西電力経営幹部諸氏に総額三億二千万円の金品を贈っていたという驚きの報道があった。

元助役の経歴に「元教育委員長」「元人権教育家」「福井県元人権研究員」「関西電力元講師」とあり、森山氏の現職時だから人権教育よりも同和教育とするのが妥当で、原子力発電の利権に同和問題が絡んでいる構図が見えた。

関西電力元講師」も企業内研修で同和問題を講じていたのだろう。その人権の貌には「お前の家にダンプを突っ込ませる」などと恫喝する口が付いていた。よくある話ではあるが。

週刊文春」十月十日号によるとやはり同和問題が絡んでいて、なかの記事に、森山氏は「七七年から十年間、助役として君臨しました。人権団体を率いて、差別をなくす"糾弾活動"の名目で恐怖政治を敷き、高浜町民を手懐けていく、まさに暗黒町政の時代でした」(渡邊孝高浜町議)とあった。

くわえて同誌には「圧政を敷く一方で、脅威となりそうな共産党系の女性町議の娘を町職員として採用して懐柔するなど」していたとある。関西電力、悪質な部落解放運動もしくはえせ同和、おこぼれにあずかる敵対勢力を含む一大利益共同体がつくられていたわけだ。

また「週刊新潮」十月十日号は一九六九年まで京都の綾部市役所に勤めた森山氏が退職して故郷の高浜町役場に入ったのは「若い時分から解放同盟の活動をやっていた彼が、"ヘッドハント"された」ためで、以後「部落解放同盟の力を傘に着て、役場でも出世していきました」と報じている。

高浜町の郷土誌は、原発の誘致に献身的に取り組み、その安全性の確保について広く啓蒙する一方、人権教育にも力を注ぎ、人権問題の啓発活動を行った、と森山氏を紹介している。そうした「功績」の裏側で氏は原発推進と部落解放運動の結節点で存在感を示し、部落解放運動の極めて悪質な部分もしくはえせ同和を担っていたと考えられる。

いっぽう部落解放同盟は、森山氏が同盟に所属していたのは極めて短期間で同盟とは全く関係ないとしている。たしかに組織としては迷惑だろう。しかし森山氏が行なってきたという差別をなくすためと称しての糾弾活動や「同和はこわい」というイメージの散布は同盟としても一考すべき問題であり、無縁の話ではない。

わたしは平成四年度からしばらく高知県教育委員会事務局で同和教育を担当していたので同和問題をめぐる不祥事があると表の報道はもちろん、裏の噂話やガセ情報にもずいぶん接した。その経験から、退職して十年近く経ってなおこの種の事件には血が騒ぐ。

同和問題と関連する事案には腰が引けたジャーナリズムの姿を見てきたのであまり期待はしていないが、詳細な事実が明るみにされるよう願っておこう。

ところで菅官房長官は、この問題について「言語道断だ」と役員らを厳しく批判し、そのうえで「第三者の目線を入れて、事実関係やその他類似事例の有無などを徹底的に調査することが不可欠だ」との認識を示し、金品ばらまきで辞任した何とかという経済産業大臣も同様の発言をしていた。

森友学園加計学園の問題に官房長官が「第三者の目線を入れて、事実関係やその他類似事例の有無などを徹底的に調査することが不可欠だ」と発言し、徹底究明の姿勢を示した記憶がわたしにはない。この違いはどうしてだろう。首相に波及する可能性の度合で対応方針を決めているのか、それとも関電役員は上級国民でも派閥が異なっているのだろうか。

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「第三者の目線を入れて」という文言は不祥事や大事故が起こったときの常套句になった観があるが、そういいながらじっさいは身内で組織されることも多く、東京電力原発事故調査委員会の中間報告で強調された「想定外」の本質は東電の身内で組織された委員会がこの表現でなんとか非難を避け、和らげようとするものだった。

これにたいし小沢信男さんは、この日本列島でなんと横着な、「見込みの甘い手抜きでした」とすなおにいうべきなのに、責任回避の漢字表現で開き直ったという。(『俳句世がたり』)

「想定外」については「ねこぴーブログ」というブログに卓見が述べられていた。

「もし『想定外』と書くのでしたら『想定外ではあったが、何よりその想定があまりに甘いものであった』にするのが当然。『あまりに甘い想定』→『どうして、そんな甘い想定になったか?』→『今後の安全対策に生かす』こんな風にしないと、報告書として意味がない」。

三億二千万円にのぼる関西電力の経営幹部たちの金品受領について、関電の社長は記者会見で、一時的に預かっておいて、そのうち返そうと思っているうちに機会を逃したと言っていた。どうせなら、発覚は想定外でしたとでも口にすれば、東電への連帯のご挨拶となったのに。でも、一時的預かりは想定外の発覚とおなじ意味になるのだろう。

二0一一年福島第一原子力発電所でのメルトダウン、そして極めて困難な廃炉に向けた作業はいまも続く。その裏側での原発がらみの華麗なる金品受領である。

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是枝裕和監督の新作「真実」。フランスの国民的スター、ファビエンヌカトリーヌ・ドヌーヴ)の自伝本が刊行され、そのお祝いにアメリカで脚本家として活躍する娘リュミール(ジュリエット・ビノシュ)と彼女の夫で役者のハンク・クーパー(イーサン・ホーク)が一人娘をつれてパリにやってくる。

そして久々の再会は本の内容をめぐる母と娘の確執を露わにする。ファビエンヌにとっては自身がつくった「真実」を演じるのが女優であり、脚本家のリュミールはその虚構を暴こうとする。

娘にはかねてより母がこれまで歩んできた人生を、批評というより非難したい思いがあった。娘はまやかしの「真実」という表皮で覆われた中身を取り出そうとする。ところが取り出したと思ったところで、まだ奥に何かがあると知らなければならなかった。女優の母はどこかの国の元法相とは次元の異なる魅力の玉ねぎ女なのだ。

自伝本はまた女優のマネージャーの辞職騒動を引き起こす。なかにひとことの謝辞もなかったことに長年にわたりマネージャーを勤めた男は憤懣やるかたない。マネージャーに去られたのは痛手だが、男なんかに謝ったことはないとうそぶく女優に、脚本家の娘はシナリオを書き、振り付けをしてやる。こうして娘も脚本家として玉ねぎスターを栽培する。

一皮剥いて次に出てくる「真実」もまた虚構と事実との微妙なあいだに存在する。家族がなんとかうまくやって行くには虚実皮膜の微妙も求められる。そこのところを美しいパリの郊外を舞台に、軽みを含んでしっとりと描いたところに監督の手練れを感じた。

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一九四八年、フランス文学者渡辺一夫は「人間が機械になることは避けられないであろうか?」という一文を書き、一九六七年、これを著作集に収めるにあたり私註をつけ、なかで「我が国は、治水公害対策を忘れるくらいに、オリンピックや世界博覧会に血の道をあげるほどの『強国』となった現在……」と書いた。それから半世紀余りが経つ。

十月十二日伊豆半島に上陸した令和元年台風第19号による多数の堤防の決壊、河川の氾濫は六十四名の人命を奪った。二0二0年には東京オリンピック、二0二五年には大阪万博が控えるいま「治水公害対策を忘れるくらいに、オリンピックや世界博覧会に血の道をあげる」という半世紀ほどまえの文言には不気味な驚きを禁じえない。

もっとも現在の「強国」はかつてのような経済成長を見込める状態にはなく、少子高齢化の不安も大きい。オリンピックや世界博覧会に、夢よもう一度と願い、ふたつの大事業を活性化の跳躍台としたい気持はともかく、まずは治水、防災、減災である。

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台風のよく来る高知県で生まれ、育ったから小学校が臨時休校になると友だちといっしょになって喜んだものだった。昭和三十年代のこと、子供の無邪気と残酷を振り返ると汗顔の至りで、地球温暖化が広くいわれるまえだから無邪気でいられたのかもしれない。いまは十代の少女が国連で温暖化の憂慮を訴える時代だ。

水害では両親の家が二度、自宅が一度、台風で床上浸水に遭った。いずれも一九七0年代のことで、自宅が浸水したのは一九七六年九月十日の夜、前日には毛沢東の死去という大ニュースがあった。二階建て一軒家の貸家で、一階、二階別世帯の造りだったので、その夜は家族四人二階のお宅に泊めていただいた。

高知市の中心部には鏡川が流れていて、両親の家もわが家も川の南側にあった。北側は無傷、被害はもっぱら南側で発生した。単純にいうと高知城のある北側は武家が、南側は百姓が生活していて、北と南では堤防の高さが違っており氾濫した水は南側に流れた。地形と身分との関係は露わだったが、くわえて多くの農地が宅地になったという事情があり、遊水地帯はずいぶん少なくなっていた。台風の被害は自然の猛威だけがもたらすものではない。

いま生活する文京区根津は本郷台地と森鴎外の観潮楼で知られる千駄木の団子坂の坂下にあるため昔はよく水害に悩まされたと聞いている。不忍池があふれて商店街に被害が及んだこともあったそうだ。二0一一年に転居してきてから水害はなく、しかし荒川の氾濫が心配された台風19号の際は不気味で仕方がなかった。既存の排水設備で大丈夫か?

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萩生田文部科学大臣が大学入試に導入される英語の民間資格・検定試験について「裕福な家庭の子が回数を受けてウオーミングアップできるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないが、自分の身の丈に合わせて勝負して頑張ってもらえれば」と発言したことで批判を浴び、謝罪と英語の民間資格・検定試験の見直しに追い込まれた。

貧乏人はよい教育を受けにくい条件、環境にありがちだが、そこは身の丈に合わせ、自己責任でなんとかしなさいというわけで、どうやら大臣は、児童生徒がよい教育を受けられる条件、環境をつくることが教育行政の第一の務めというのをお忘れになっているらしい。ナショナリズムイデオロギーばかりが意識にあって、児童生徒の生活にまで目が向かないのでは、と「忖度」した。

いっぽうでは、英語の「話す」「聞く」能力の育成という目的にかこつけて大学入試に参入しようとする民間企業と政権との癒着の風景が見え隠れする。幻視であればさいわいだけれど。

自己責任が喧伝されるようになったのはさほど昔ではなく「身の丈」を「自己責任」と解釈すれば、文科大臣の発言は近年の自民党政治の核心を吐露した意味合いを帯びる。賃金も雇用も教育も自己責任だからあまり文句は言わず、身の丈に合わせることが重要なのだ。自由、平等、デモクラシーを生み出そうとする力をもつ人間の創出はどこかへ吹っ飛んで行ったらしい。