荷風とローデンバック(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ三十一)

ローデンバックは『死都ブリュージュ』のはしがきで、本書では恋愛の情熱について考察を加えたとともに、さまざまな心のあり方と結びついた重要な登場人物としての都市のイメージを喚起したかったと述べている。

その意図は完璧に活かされ、ブリュージュという都市の記号を一読、忘れがたくした。

永井荷風は一九二0年(大正九年)「新小説」に発表した「小説作法」で、文学のなかには「人物を主とせざる小説」「都市山川寺院の如き非情のものを捉へ来りて之に人物を配するが如き」体裁をとったものがあるとして、その代表に「ローダンバツクの『廃市ブリユージ』」を挙げた。

荷風はローデンバックの意図を汲みとったうえで、小説の基本を人物描写とすれば『死都ブリュージュ』は例外的作品であり「初学者の学び易きもの」ではないとして、それ以上述べてはいないけれど、「文藝読むがまゝ」にある、奈良に舞台を移してこうした作品を書いてみたいと思ったとの弁を併せると荷風の本作品にたいする評価と思い入れは十分にうかがわれる。

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