湖に船を浮かべて(2016晩秋のバルカン 其ノ五十三)


ブレッド城に登り湖畔を一望したあと湖で船に乗った。淡い霧のなかをゆっくりとボートが進んで行く。行き先は聖マリア教会だ。
『死都ブリュージュ』で知られるベルギーの象徴派を代表する作家、詩人のローデンバックに『霧の紡ぎ車』という短篇集があり、これに倣って言えば、ボートは霧の紡ぎ船である。
ローデンバックを愛し、『死都ブリュージュ』を高く評価した日本人に永井荷風がいる。帰国して荷風の訳詩集『珊瑚集』を開いているとブレッド湖の夜を詠んだごとき「ポオル・ヴェルレエン」(ヴェルレーヌ)の「ましろの月」があった。
「底なき鏡の/池水に/影いと暗き水柳/その柳には風が泣く。いざや夢見ん、二人して。/ひろくやさしき/しづけさの/降りてひろごる夜の空。/月の光は虹となる。ああ、うつくしの夜や。」