「スノーデン」

米国の監視体制はテロリストのみならず同盟国の首脳さらには自国の企業や国民にまで及んでいる。
二0一三年六月元CIAおよびNSAアメリカ国家安全保障局)職員エドワード・スノーデンアメリカ政府が全世界のメールや携帯電話での通話を監視している実態を内部告発して世界に衝撃をもたらした。

オリバー・ストーン監督「スノーデン」はこの実話を基にした作品で、スノーデン(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が九年間にわたるCIAとNSAでの勤務のなかで監視の実態に驚き、悩み、絶望し、ついには香港で盗み出した機密情報を英国のジャーナリストに明らかにする経過が描かれる。
二0一四年にはスノーデン自身が用意周到に企画していたとおぼしい「シチズンフォー スノーデンの暴露」(第八十七回アカデミー賞で長篇ドキュメンタリー賞を受賞)が製作されていて、オリバー・ストーン監督はこのドキュメンタリーをふまえてスノーデンの精神的苦痛や懊悩を内在的に理解しよう努め、そのうえで現実をあぶり出し、アメリカ政府のテロ対策に名を借りた監視の暴走の実態を差し出した。
仮にCIAがスノーデンについてのいわゆる身体検査を厳格にするといった場面を織り込めばもっとサスペンスに富んだドラマとなっていただろう。ただし監督が採ったのはエンターテインメントの追及ではなく実態を明らかにすることにあった。
スノーデン個人については一方に裏切り者であるとの非難があり、他方に命を懸けて警鐘を鳴らした英雄とする賞賛がある。後者の立場にある米国の人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチアメリカ自由人権協会(ACLU)、アムネスティ・インターナショナルアメリカでこの映画が公開された昨二0一六年秋に莫大な金をかけてニューヨーク・タイムズに、ロシアで亡命生活を送るスノーデンに大統領恩赦を与えるよう求める全面広告を掲載している。
プラトーン」や「七月四日に生まれて」などでアメリカの暗部にきびしい視線を注いできたオリバー・ストーン監督もおなじくスノーデンに共感を寄せる立場から現代における権力と個人情報の実態を突きつける。この観点からいえば「スノーデン」は現代の政治、社会と情報のあり方をめぐる啓発映画としての性格を持つ。啓発の中味が出色であるのはまちがいないとしても啓発である限りネット上の語釈にある「無知の人を教え導き、その目をひらいて、物事を明らかにさせること」の臭いや危うさはまぬがれない。
権力による監視システムの危険性を承知しながら、無知からくる盲信は避け、一方的な啓発については用心しつつ、別の立場からの議論を覗いてみたいと考え、取り急ぎ「週刊ニューズウィーク日本版」2017/1/31号にあるエドワード・J・エプスタイン「スノーデンが犯した許されざる『大罪』」を読んでみた。オリバー・ストーン監督とは異なる立場からスノーデンを論じており、テロ対策についての重要情報の窃取やロシアとの関係などからみて彼を英雄扱いするあらゆる試みには反対せざるを得ないと結論している。興味のある向きはご一読を。
(一月二十九日TOHOシネマズみゆき座)