正岡容句碑


言問通りを文京区からすこし台東区にはいったところに玉林寺がある。秋庭太郎『考証永井荷風』によると、惚れて惚れられその契りとして荷風と刺青を彫りあった妓富松こと吉野コウはここに眠る。
そしてここにはもうひとり荷風と縁のあった正岡容の「おもひ皆叶ふ春の灯点りけり」の句碑が建っている。小沢昭一大西信行桂米朝永井啓夫編集による大著『正岡容集覧』には小説、落語・講談・浪花節研究、短歌、俳句とともに寄席随筆、回想記が収められ、なかの『荷風前後』に、昭和二十一年八月十一日それまで荷風に私淑していた正岡の自宅を荷風が訪れるくだりがある。
永井先生御来訪ただただその光栄に夫婦狼狽、なすところを不知」「現世拝眉を断念しゐたりし永井先生御来庵の栄に浴す。菲才不敏の作者冥利、茲に尽く。挺身力作せざる可からず」。奇人との評がある正岡だが、この人がどれほどか純粋に荷風を尊敬していたかが窺われる。