「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」

じつに引き締まった、本でいえば巻措く能わざるといった映画だ。
アドルフ・アイヒマンホロコーストユダヤ人問題の最終的解決〉推進の中心的人物として虐殺を指揮し、戦後はアルゼンチンで逃亡生活を送っていた。イスラエル諜報機関モサド)がアイヒマンの身柄を拘束しイスラエルに連行したのは一九六0年のことで、翌年彼は人道に対する罪や戦争犯罪の責任を問う裁判にかけられ死刑判決を受けた。
アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」はこのかんの事情を浮き彫りにしたドラマで、事実を基にしているという。これによると拘束の前段にドイツのヘッセン州検事長フリッツ・バウアーによる極秘の追跡があり、イスラエルとバウアーの連携がホロコーストに指導的役割を果たした人物の連行を可能にしたのだった。

実録ドラマのなかの歴史的事実と架空の部分とを腑分けすることに興味がなくはないけれど、わたしの手には余るし、仮に事実に背反していてもこの映画の評価とは関係しない。すべてがフィクションだとすればまことに優れた作劇術だと言わなければならない。
ブルクハルト・クラウスナーが演じたバウアー検事長についてラース・クラウメ監督は「バウアーは左派の社会民主党員でユダヤ人、同性愛者というアウトサイダー。保守的なアデナウアー政権下で周囲から孤立しながら必死に闘った」と語っている。(Newsweek65 2017/1/17)
わたしにはバウアーが左派の社会民主党員であるのは読み取れなかったのだが、それはともかくバウアーが執念を燃やしてアイヒマンを追跡する過程はスリリングで、これに同性愛者であること、アデナウアー政権下にあって社会の中枢になお残る元ナチス党員さらにはバウアーを支える唯一の部下である検事や東ドイツにも通じている可能性のあるジャーナリストなどが絡む。そうそう、秘密のキャバレーでのジャズやマレーネ・ディートリッヒを思わせるニューハーフの歌手も忘れてはならない。
複雑なことがらを明快的確に織り込んだラース・クラウメとオリビエ・グエズによる脚本が素晴らしく、アイヒマン追跡、正義と尊厳を賭けた闘いを描いた作品は上質のサスペンス映画となった。
(一月十二日ヒューマントラストシネマ有楽町)