「Smoke」

一九九五年に公開され大ヒットしたウェイン・ワン監督「Smoke」がデジタルリマスター版で再公開された。スクリーンかビデオかは定かではないがブルックリンの街角にある煙草屋はしっかりおぼえていて、たしかにこの作品は観たことがあるのだが記憶はそこしかない。だからデジタルリマスター版で再見に及んだ。

一九九0年ブルックリン。とある街角にある煙草屋の店主オーギー・レン(ハーヴェィ・カイテル)は十四年のあいだ朝の同じ時刻に店の前で写真を撮り続けている。
店の常連でオーギーの親友ポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は作家だが数年前に銀行強盗の流れ弾で妻を亡くして書けない状態にある。
ベンジャミンが車に轢かれそうになったところを助けた黒人少年ラシード(ハロルド・ペリノー・ジュニア)は強盗の落とした大金をくすねて逃げ回っている。
かれらを中心にブルックリンの煙草屋に集まる人々の日常や虚実のあいだを浮遊するさまざまな体験が描かれる。奇を衒ったところのないしみじみとした映像が愛おしい。
いくつかのエピソードはラストのオーギーの回想につながってゆく。ここで煙草屋の店主は書けなくなった作家に写真をはじめたいきさつを語る。
むかし万引を見つけ犯人を追いかけたが逃げられ、落としていった財布からその家を訪ねると盲目のおばあさんが一人で住んでいて、孫が訪ねて来てくれたと思い込んだものだから話をあわせて一緒にクリスマスを過ごした、その家には盗品とおぼしいカメラが何台かあり、なかのひとつを黙って拝借して来た・・・・・・ベンジャミンは「本当にいいことをしたな。人を幸せにした。生きていることの価値だ」と応じ、原稿をかきはじめる。
ポール・オースターの短篇小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」をもとに作者自身が脚本を書き下ろした物語だ。
きょうはクリスマス。近いうちにこの素敵なクリスマス・ストーリーを読んでみよう。

それにしても不思議だ。これほどの作品がどうして心に刻まれていなかったのか。観たつもりがほんとうは観ていなかったのか。そんなはずはない。たまたまそのときは体調が悪かったのか。これもない。睡魔に襲われ就寝に及んでしまった。これは考えられる。そうしたことを思いながら劇場を出ると、恵比寿ガーデンプレイスに設けられたイルミネーションのクリスマス・ツリーが寿ぐように迎えてくれた。
(十二月二十一日YEBISU GARDEN CINEMA)