「ヒッチコック/トリュフォー」

映画についての本のなかの本『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』をめぐるドキュメンタリー。一冊の本とコラボレーションした無類卓抜の作品は季節柄、映画ファンへの嬉しいクリスマスプレゼントとなった。
処女長篇『大人は判ってくれない』で一躍ヌーヴェルヴァーグの旗手となったフランソワ・トリュフォーが敬愛するアルフレッド・ヒッチコックに手紙を送ったのは一九六ニ年春のことで、三十歳の時代の寵児から送られてきた手紙は六十二歳のベテラン監督の心を動かし、ここに歴史的インタビューが実現するはこびとなる。

長時間にわたるインタビューをまとめた『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』がフランスとアメリカで同時に刊行されたのが一九六六年、そして本書はそれまでヒット作を生みながら映画作家としての存在意義は認識されていなかったヒッチコックの評価を飛躍的に高める契機となった。
ケント・ジョーンズ監督は録音テープ(同時通訳とカメラマンが加わっている)と当時の写真で二人のやりとりを再現し、そこで論じられている映画から適切なシーンを引用する。これにマーティン・スコセッシデビッド・フィンチャー黒沢清ウェス・アンダーソンリチャード・リンクレイターヒッチコックを敬愛する十人の監督がコメントを寄せる。なかで黒沢監督が「大好きだから、尊敬しているから、絶対に真似はしたくない」と語っていた。この気持、わかるなあ。
ヒッチコックの肉声で語られるエピソードがたのしい。トリュフォーが「わたしにとって最高のヒッチコック映画」と語った「汚名」でのケイリー・グラントイングリッド・バーグマンとのキスシーン、当時のハリウッドの規定ではキスは三秒以内、これを逆手にとってヒッチコックは三秒以内のキスを繰り返させて二分半に及ぶ官能のシーンを撮ったのは有名な話だが、演じた二人は、くっついたままなので演技がやりづらいと不満だったがヒッチコックは意に介さなかった。調べた限りではこのエピソードは『映画術』になかったから「秘話」としてよいのではないかな。
字幕は山田宏一氏が担当されており『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』の訳者のひとりが(もうひとりは蓮實重彦氏)本と映画をつないでくれている。
(十二月十五日シネマカリテ)