「栄光のランナー/1936ベルリン」

オリンピックイヤーのことしはベルリンオリンピックから数えて八十年目にあたる。金メダリストの記録でいえば史上初の四冠(100メートル、200メートル、400メートルリレー、走り幅跳び)達成者を輩出したのがこの大会だった。米国代表の黒人選手ジェシー・オーエンスがその人で、ヒトラーのためのオリンピックと喧伝され、ナチスによる国威発揚が謳われた大会における黒人選手の輝かしい成績はゲルマン民族の栄光を唱えるヒトラーナチスの威信に関わるものだった。
「栄光のランナー/1936ベルリン」(スティーブン・ホプキンス監督)はオーエンスの伝記映画、そしていまに通じる大会の裏事情を描いて、爽やかにして、ほろ苦く、関連する知識のないわたしには秘話満載の興味深い作品だった。

中学時代から陸上競技に類まれな才能を発揮したオーエンス(ステファン・ジェームス)はオハイオ州立大学に進学しラリー・スナイダーコーチ(ジェイソン・サダイキス)のもとでオリンピックをめざし練習に励んでいた。
大会を直前にした時期、ベルリンに乗り込んでヒトラーの思惑を打ち砕いてやれといった期待のいっぽうに、ナチスに反対してボイコットすべきだと訴える世論の高まりがあった。くわえてナチスユダヤ人差別政策は合衆国の黒人差別と共通性をもつために黒人団体はオーエンスに参加を拒否するよう働きかけていた。オーエンスにとってもナチスの政策は容認しがたく逡巡と悩みは続いた。
参加をめぐるやりとりのなかでオーエンスの父親が不参加を訴える黒人団体の幹部に対し「参加しなかった黒人選手には誰も注目したりしない、参加してメダルをとるとさらに憎まれるから黒人にとってはどちらにしても変わったことはないさ」と自身の見識を示す。伝記中の事実だろうか。力強い後押しとは異なる、静かな怒りを込めた柔らかな後押しが印象的だった。
この父親をふくめオーエンスの周囲の役者陣によるドラマの盛り上げがすばらしい。ベルリン五輪の公式記録映画(「民族の祭典」「美の祭典」)を撮ったレニ・リーフェンシュタール走り幅跳びの好敵手で金メダリストとなったオーエンスの手を取りいっしょにトラックを一周したドイツ代表ルッツ・ロング選手、コーチで金メダルへの道のりを二人三脚であゆんだラリー・スナイダー、ナチスの人種主義、ユダヤ人排斥に対し五輪ボイコットを主張した米国オリンピック委員会幹部のエレミア・マホニー(ウィリアム・ハート)、おなじく幹部で、反対にスポーツに政治を持ち込むべきではないと参加を主張したアベリー・ブランデージジェレミー・アイアンズ)等々。
ベルリンオリンピック参加をめぐる意思決定はオーエンス個人としても合衆国としても出場の結論を得たが、オーエンスの知らないところでは建築会社を経営していたブランデージ(のちのIOC会長)にナチスは在米ドイツ大使館の建設依頼を申し出ていた。スポーツに政治を持ち込むべきではないという主張には利権とカネが絡んでいた。はじめに述べたほろ苦さであり、いまに通じる大会の裏事情である。
原題はRACE。競争と人種の両義性を邦題に活かせなかったのは残念。
(八月十二日TOHOシネマズシャンテ)