警視庁下谷警察署天王寺駐在所

はじめて読んだ佐々木譲の小説は『エトロフ発緊急電』だった。第三回山本周五郎賞と第四十三回日本推理作家協会賞(長篇部門)のダブル受賞に輝くこの小説の見事な出来栄えと面白さに読み終えるやいなや前作の『ベルリン飛行指令』にさかのぼり、次に『ストックホルムの密使』が出るとむさぼるようにして読んだ。『エトロフ発緊急電』は一九八九年の刊行だから、わたしは三十代の終わりだった。
ベルリン・エトロフ・ストックホルムの太平洋戦争秘話三部作から二十年あまり経って『警官の血』と『警官の条件』を読んだ。前の三部作に劣らぬ素晴らしい警察小説で、夕刻の喫茶店で好きなジャズを聴きながら読んでいるとしみじみとうれしいエンターティメントのひとときだった。
『警官の血』は敗戦後の世相と谷中の五重塔炎上を背景として二つの殺人事件を追う天王寺駐在所の安城清二巡査と息子の民雄、孫の和也の三代にわたる警察官の物語で谷中を主要な舞台としている。谷中、根津、千駄木のいわゆる谷根千はわが生活の場だから、これ以上ない身近な地域が傑作ミステリーの場となった。