「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」

思いっきりネタバレの記事ですのでご留意ください。
レーガン政権下の一九八一年はアメリカ史上最も犯罪率が悪化した年だった。
この年、アベルは全財産をつぎ込んでニューヨークに会社を設立し、灯油販売のビジネスに参入した。
ところがそれを待っていたかのように会社のタンクローリーが何者かに乗っ取られてオイルを抜き取られる事件が立て続けに起こる。警察に訴えても相手にしてくれない。検察は取り合わないどころか脱税容疑の調査に乗り出すと明言、思いもよらない話にアベルは呆然とするのだった。
オイル奪取の犯人は不明だったが、備蓄できるのは同業者以外に考えられなかった。はじめは同情的だった金融機関だが脱税容疑の風評や頻発するトラブルに嫌気して融資を中止したために手付を打っていた土地の購入計画が頓挫する。

オイル備蓄のための用地が取得できなくなると会社は立ち行かなくなる。三十日以内に全額を払い込まないと手付金も失ってしまう。犯人捜しとオイルのありかと会社経営の行方が一体となってアベルにのしかかる。
アベルオスカー・アイザック)はスペイン系移民のハンデを負いながらも公明正大を貫く生真面目な理想家タイプの経営者、いっぽう妻のアナ(ジェシカ・チャスティン)は会社の経理を担当していて、実利重視の現実派、そして彼女の実家はマフィアの一党だ。
自身の理念と妻の実家を意識してのことだろう、アベルはドライバーが防衛のため銃を持つのを絶対に許可しない。対するアナは身を護るためには当然だとしてしっかり銃を具えている。夫の信じる理想と妻が見る非情な現実は反撥し、また絡み合いながら着地点を探ろうとするが万策尽きてしまう。そのとき妻が差し出したマネーが会社を救う。ここで検察の脱税調査が伏線として活きてくる。
監督はJ・C・チャンダー。八十年代はじめのうら寂しいニューヨークの光景とアベルが経験したほろ苦い現実とがオーバーラップする映像が魅力で心惹かれた。
原題は「A Most Violent Year」(最も凶暴な年)。邦訳のアメリカン・ドリームとは何の関係もないけれど、警察、検察、金融機関から見離された理想家肌の経営者の苦渋をアメリカン・ドリームにたいする風刺と皮肉の物語として示したかった気持はわかる。
(十月三日TOHOシネマズシャンテ)