一九三九年のハッサンの塔(モロッコの旅 其ノ十三)

ムハンマド五世の霊廟とハッサンの塔はおなじ敷地にあり、市街が一望できる。
ハッサンの塔はモロッコの盛時を偲ばせるモニュメントであり、観光名所となっているが、フランスの植民地時代にはずいぶん荒れたところだったらしく、一九三九年にここを訪れた山田吉彦は『モロッコ』で次のように述べている。
「モロッコ回教徒の栄華の時代に思いを馳せて、いま眼前、熱意を孕む光の中でこの荒れた塔が寂寞な周囲の中に立って影を地に印しづけているのを見ると、何かしら果敢なさに誘われる」
「塔の根元には……一本の大木が大きく枝を張り、その蔭に一人の老人がぼんやり時の過ぎてゆくのを眺めている。無為を楽しむようなこの老人の傍では二匹の痩せ馬が互に手綱を結び合わされたまゝ呑気に大マンスール王の遺跡に生えた貧しい埃っぽい草を漁っている」