「マジック・イン・ムーンライト」

マジック・イン・ムーンライト」の舞台は一九二0年代後半の南フランス。ウディ・アレンとフランスといえば「ミッドナイト・イン・パリ」(二0一一年)が思い出されるが、あの映画のパリがそうであったように今回の南仏リゾート地の風景や風物もおなじく美しくて味わい深い。

コート・ダジュールに豪邸を構える資産家のカトリッジ家がアメリカ人でソフィーという謎の美女占い師(エマ・ストーン)に入れあげている。彼女の降霊術と占いのペテンとトリックを見破るのはきみしかいないとイギリス人で傲慢の天才肌マジシャン、スタンリー(コリン・ファース)が友人でマジシャン仲間のハワード(サイモン・マクバーニー)から依頼を受け、当の豪邸へ乗り込んで行ったのだが、やがて男は女の虜となって……。
冒頭流れるのが「ユー・ドゥ・サムシング・トゥ・ミー」(「君は僕に魔法をかける」)で、コール・ポーターのスタンダードナンバーが物語と響きあって、トラッドなジャズを愛好熟知するウディ・アレンの選曲に思わずにやりとさせられる。
ついでながら「ユー・ドゥ・サムシング・トゥ・ミー」はスタンリーとソフィーが恋のさや当てをしていたのとおなじころ、一九二八年にポーターが発表したミュージカル「パリ」に収めた楽曲で、ここには「あなたがわたしにやったこと」「わたしをいい子にさせないで」といった当時としては相当きわどい内容の曲が並ぶ。そして極めつけは「レッツ・ドゥ・イット」。むかしクララ・ボウ主演で「It」というコメディ映画があり、これに付けた邦題「あれ」が喝采を浴びた。言うまでもなく「レッツ・ドゥ・イット」のイットも「あれ」であります。
多くのウディ・アレンの作品と同様「マジック・イン・ムーンライト」にもスタンダードナンバーがふんだんに散りばめられていて、いまのところサウンドトラックCDは発売されていないようなのでもう一度「いつか聴いた歌」を聴きたくて足を運びたいくらいだ。
モリタート」「フー」「チャイナタウン・マイ・チャイナタウン」「スゥィート・ジョージア・ブラウン」等々のなかで僕的にはとりわけ御無沙汰というか殆ど忘れていたディキシーランドジャズのナンバー「アット・ザ・ジャズバンドボール」との再会が嬉しく、その夜はビックス・バイダーベックコルネットビング・クロスビーのヴォーカルを聴きながらウィスキーを飲んだ。美味しかったなあ。
二十年代の南仏の陽光やファッション等の映像と魅惑の音楽でたのしませてもらったのだから、これ以上言うのは貪欲に過ぎるかもしれないけれど、どうもソフィーとスタンリーの恋がいまひとつ盛り上がらず、占い師とマジシャンのやりとりに騙しあいの妙味やひねりを欠いたのが惜しまれる。
(四月十六日シネリーブル池袋)