銚子駅(春の銚子で 其ノ三)


赤いトタン屋根が印象的だった銚子駅。昭和二十三年に、近くにあった航空隊の兵舎を移築して駅舎としている。JR東日本総武本線の終着駅であり、銚子、外川間を走るちんちん電車、銚子電鉄の起点駅でもある。たしか二番線の端が銚子電鉄ののりかえ口になっていた。
駅前の商店街はほとんどが個人商店で、高い建物は少なく、両サイドのお店のあいだを広い道が利根川に向かって延びている。川本三郎『我もまた渚を枕』には道路が広いのは戦後の焼け野原に作られたからとある。房総は比較的空襲の被害が少なかったところだが銚子だけは何度も空襲を受け、駅周辺は壊滅的状態になった。
どうして銚子だけが集中的に空襲を受けたのだろう。そこのところを地元の方におうかがいすると、爆撃を終えたB29戦闘機が帰隊する際、突端の銚子を過ぎるともう海が広がるだけだから、ここで余った爆弾を落としておかないと持ち帰らなければならないといった事情があったとのことだった。