ゴーン・ガール

ニック・ダン(ベン・アフレック)は五回目の結婚記念日に、妻のエイミー(ロザムンド・パイク)が失踪したのを知る。エイミーは両親が書いた児童文学の主人公のモデルだったこともあり、警察に届け出るとたちまち報道されて大きな話題となる。まもなくニックの浮気や不審な行動が明るみに出て、かれは疑惑の視線を浴び、一部テレビ局からは社会病質者(ソシオパス)扱いされる。

エイミーの日記に基づく回想、ニックの思惑ととまどい、警察の捜査などがたたみかけるように迫ってくる。暴かれる夫婦の過去と迷路を行くような失踪事件の展開。デヴィッド・フィンチャー監督の手際はあざやかというほかない。
犯罪の合理的、論理的解決という点ではツッコミを入れたいところはあるが、本格ミステリーではなく怪奇談として気にしないでおこう。というよりエイミーを演じるロザムンド・パイクの華麗と異様なキャラクターがそんなこだわりを吹き飛ばしてくれる。ベン・アフレックのダメ男ぶりとの取り合わせも見ものだ。
原作はギリアン・フリン(脚本も担当)の同名小説(中谷友希子訳、小学館文庫)で、以下は昨年読んだときのわたしのメモ書き。
「妻の失踪のいきさつを夫が語る。あいだに妻の日記が挟まる。読み進むうちに双方の思惑が露わになってゆく。ワクワクする展開だ。男と女のドロドロした関係やユーモアもよく描かれている。ただし終盤の殺人は疑問だ。このために後味がすこし落ちた。失踪した妻と容疑者となった夫の皮肉な結末に殺人を介在させたことで黒い笑いの風味が減殺されたように思う。別のやり方を工夫すればより洗練された人間劇になっただろう。」
つまりわたしは原作の『ゴーン・ガール』をブラックジョークに富んだ人間劇として読んだ。それに対し映画はサイコ・ホラー系のサスペンス仕様で、そんなふうに読めばよかったのかもしれない。となると殺人は「サイコ」を際立たせる重要なアクセントとなる。