金目の話〜チョー極私的ミクロ経済篇

内閣府が11月17日に発表した7〜9月期の国内総生産GDP)速報値は実質で前期比0・4%の減となり、民間調査機関の予想をだいぶん下回るものとなった。
わたしは東日本大震災のあった年の三月末で定年退職し、翌月から年金生活となった。もちろん年収は大きく減った。ところが「どんくさい日本の私」はその変化になかなかうまく適応できなかった。気になりながらも現職時とさほど変わらない消費生活を続けていた。生活の寸法が変わっているのに収入と支出のバランス感覚はそのままだったのである。
ようやく消費税が8%となるのを機に、自身の欲望と家計について真剣に考えた。そうしてもっと出費を抑え、引締めを図らなくてはとの結論に達した。これまでと異なるのは号令ではなく具体に生活を改善工夫しようと決意した。というほど大げさなものではないけどね。
出費を抑えるといってもわたしのばあいことは簡単で小遣いの相当部分を占める書籍費とDVDやCDにかかる経費を節約すればよいだけの話である。それ以外のところへは金を遣わないというか遣い方さえ知らない。
そこで、これまで買いたい本があれば通販のアプリを開いていたのを、まずは図書館で検索するようにした。欲しいDVDやCDについても同様ではじめにレンタルショップのアプリを調べるように心がけた。さらに、これは買おうと思っても一週間は注文を控え、ほんとうに手許に置きたいか自問し反芻して、それでもなお欲しいときだけ購入する。こうして年収に見合うライフスタイルを模索するうちにすこしは年金生活にフィットしてきたように思う。今回のGDPの数値にはわたしの努力もちょっぴりは反映されている。
消費税上げの当初は野田前首相や現安倍首相が貧乏神に見えたものだが、家計健全化の観点からは家族が言うようにあの方たちに感謝申し上げるべきかもしれない。
さりながら例外もすこしはありまして……。
先日は本屋の棚に長谷川郁夫『吉田健一』(新潮社)を見た。分厚く装丁も立派で、いかにも高価そうだ。図書館には入るだろうが、吉田健一となるとそうはいかないし、大部の本をじっくり読むとなるとやはり手許に置いておきたい。そこで恐る恐る値段を見れば、5400円。現職当時、この十倍ほどで集英社版『吉田健一著作集』を求めたときはさほど思わなかったわたしがいまはこの体たらくで、その変化はまさしく桑田変じて滄海となる、といったところか。
さらにことはこれで済まなかった。新刊文庫のコーナーにジョン・ダワー『吉田茂とその時代』上下(中公文庫)を見て、息子の評伝を読むのだから親父のほうも読むべしと2800円余で上下二冊を購入した。自慢じゃないがちかごろではめずらしい大散財だ。

ついでにと言ってはなんだが、吉田健一吉田茂とくると茂の岳父そして健一の祖父にあたる牧野伸顕まではさかのぼりたい。さいわいその著『回顧録』はわが未読の棚にある。こうして三代にわたるこれらの本を読むのがこれから年末にかけての読書計画である。
牧野伸顕からもう一代さかのぼると大久保利通が控えている。けれどこれでは収拾がつかなくなるからしっかり自制して維新の元勲までは行かない。反対に現代に降りてくるのも厳しく戒めていて、まちがっても茂の孫の麻生太郎についての本を求めたりはしない。どうです禁欲的でしょう。
ところで先日DVDでマシュー・マコノヒー主演「リンカーン弁護士」を観たところ、これがなかなかのミステリー映画だったから、さっそくマイクル・コナリーの同名の原作(講談社文庫)を読んだ。
「金目」についてはさいわい通販で格安本があった。単行本はともかくミステリーの文庫本まで図書館のお世話になる気はいまのところなく、それだけ文庫本が好きなのだが、今後消費税が10%となった暁には検討しなければならないかもしれない。
リンカーン弁護士」こと弁護士マイクル・ハラーの顧客に、生まれたときからギャングの暮らし以外の経験を持たないような男がいて、ハラー弁護士にとっては「つねに仕事を寄越してくれる贈り物(ギフト)」であり「年金依頼人と呼んでいるひとり」である。刑事事件の弁護士の年金保障は度重なる犯罪者というのは皮肉が効いている。
ハラー弁護士には年金を供給してくれる犯罪者たちがいるけれど、給与以外なんの収入もない者が退職して正真正銘の年金生活者になるともう後はない。せめて路頭に迷わず、家族に負担をかけないようお堅い経済生活に努めるのがせいぜいのところだろう。
せこい話になったかもしれないけれど、なに、ささやかなマネーゲームと思えば、これもなかなかたのしめる。