「異端」の言論活動〜宮武外骨(関東大震災の文学誌 其ノ十七)

「威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪を経とし色気を緯とす。過激にして愛嬌あり」(「経」はたていと「緯」はよこいとの意)をモットーとした反骨のジャーナリスト宮武外骨関東大震災のあと「震災画報」と題した雑誌を六冊にわたり刊行しており、その合本が関東大震災九十年にあたる昨年二0一三年八月にちくま学芸文庫で刊行された。

反骨精神に富んだ外骨はみずから刊行した新聞、雑誌で政治や権力批判を行い、一八八九年(明治二十二年)には「頓智協会雑誌」で大日本帝国憲法発布をパロディ化したとして不敬罪による禁錮三年の実刑判決を受けた。
たび重なる発禁、差し止め処分を受けたジャーナリストの手になる「震災画報」には当時のマスコミの目が届きにくい市井の人びとの暮らしぶり、震災直後の世態、風俗、珍談奇談が外骨の見識とともに示されている。
冒頭に上野の西郷さんの銅像に尋ね人の貼紙数百枚が貼られた図があり外骨のジャーナリストとしての視座を示す「前例の無い悲痛な奇現象歴史にも記録にも小説にも口碑にもない哀れな共通的人間の発露」というコメントが附されている。ここにあるように「震災画報」は「歴史にも記録にも小説にも口碑にもない」いわば関東大震災の襞にあたる部分をしっかり、生き生きと伝えた。また文庫解説者の吉野孝雄は「行動する野次馬としての特性が遺憾なく発揮されたという点においても、(中略)外骨を代表する雑誌のひとつだった」と述べている。

もちろん政府の無策とエライさんへの批判は寸鉄人を刺す。天変地異に際してわけ知り顔のエライさんが出張って来るや、高みに立っての上から目線で天罰だ、天譴だとゴタクを並べるのは東日本大震災でも案の定だった。丸山眞男の発想を借りて言えば、わが国には震災意識の「古層」が持続してあるのではないかとさえ思いたくなる。
関東大震災でも同様で、これにたいし外骨は「天変地異を道徳的に解するは野蛮思想なり」と断言する。そして「虚業渋沢栄一が天譴説を唱えたに対し、文士菊池寛が『天譴ならば栄一その人が生存するはずはない」と喝破したのは近来の痛快事であった」と菊池寛の言論を讃える。渋沢栄一を「虚業家」とする外骨の心意気、渋沢の震災天譴論を破砕する菊池寛の気骨の言論には唸ってしまう。東日本大震災で天罰を云々した東京都知事にたいしこれほど徹底した批判はあっただろうか。
「流言蜚語」についても外骨の言論は異彩を放ち、うわさの本元は当局ではないかとの推測を語っている。すなわち震災直後の混乱を鎮めるものとして九月六日付関東戒厳司令部命令の通知文にある、市民諸君は「此際一大真勇ヲ発揮シ速カニ平静ニ立チ戻ルヤウ尽力シテ欲シイノテアル」という一節ならびに警視庁の布告にある「有りもせぬ事を言触らすと、処罰されます」という箇所を採りあげて言う、ごもっともの注意書であるが朝鮮人狂暴の流言蜚語は神奈川県警察本部が本元らしいとの説もある、また陸軍某大尉のわたし外骨への報告として、取締をなすべき当局さえ狼狽していたという具体の話まである、と。
さきほど「関東大震災の襞にあたる部分」と書いたが、この一面に古今亭志ん生がよく用いていたフレーズを借りると、学校では教えてくれない裏側の事情がある。外骨はここのところを明るみに出し、読者に一考を促す。たとえば「都新聞」に載った求人広告。「芸妓、商売は非常に忙しい。今すぐにお出で下さい。素人でも着物もお金も貸し親切に御相談します」。おなじく「 十五より二十五歳くらいまで。芸なき素人の方。住替いずれにてもぜひ一度御相談下さい」「罹災者は特に御便宜を計ります」。
ここにある「芸妓」について、売淫専門で芸は求められていない、芸ではなく肉を売るのである、と外骨は言う。震災を奇貨として利用する公然たる売春婦求人広告は暗澹とした気持にさせられる。
震災後の「都新聞」には、芸妓=売春婦求人広告が毎日、十件も二十件も出ていた。外骨はこれを「人食鬼」と批判するとともに「現社会制度の根本を解せずして、単に公娼廃止の運動をする連中は、かように私娼が跋扈するのを何と視るのであろうか」と論じた。公娼から私娼へと風俗も動いていたのである。
外骨はまた市井の人の知見卓見を採録していて、たとえば沢田例外という人が知人に頒布した小冊子『詩、避難者』の一節にある「(地震計)地震計は官権のようなものか。危害のない微動には敏感だが、人の圧死するような時には、役に立たない」「(真実)真実の前に、虚偽がその影をひそめる時が来た。大地震よ、俺はお前を讃美し、崇拝する。もっと大きく絶間なく、この虚偽の塊を揺ってくれ」という言葉を引く。沢田例外という名は聞いたことがないが野の遺賢の言論の名に価するとともにこれを採録した外骨の目配りの広さ、深さにも感心する。
関東大震災朝鮮人虐殺という日頃はここまであからさまにはなっていなかった社会の体質「真実」を露わにした。「真実の前に、虚偽がその影をひそめる時が来た」というのは東日本大震災もおなじで、原発の絶対的安全性などあるはずないのにふだんは押しやってやり過ごしてきた。「真実」よりも「虚偽」に身をまかせるほうが気楽だから。そこで震災を機に「真実」を前にしての反省がもとめられるわけだが寺田寅彦の言うように人間は反省もまことに苦手である。