「誘拐」と「相棒-劇場版Ⅲ-」

むかしからハリウッドは社会的な問題を興味深く、面白く撮るのに長けていた。
いっぽう日本映画はまじめな主題を採りあげると往々にして下手な啓発映画のようになってしまう傾向がある。主題は立派だが映画として面白くないのである。わたしは主題はどうあれ映画として面白いほうが素晴らしいと考えているからそうした作品に接すると鼻白むのであります。
ところが先日、日本映画専門チャンネルで放送のあった「誘拐」(大河原孝夫監督)を観たところ、これが公害問題と犯罪ミステリーをじつにうまく結びつけて、従来の日本映画の弱点を克服した面白い作品に仕上がっていた。
1997年の東宝作品だが、わたしはこれまで知らなかった。
警視庁の特殊犯罪捜査現場の叩き上げ刑事渡哲也とFBIでプロファイリングの研修を受けて帰国した永瀬正敏がコンビとなり某大企業の重役誘拐事件の捜査にあたる。犯人側は三億円の身代金を要求し、そのうえおなじ企業グループの幹部社員を運び役に指名し、さらに運搬の過程をテレビ中継するよう要求する。
犯人グループの動機、意図、金の受け渡し方法など重層した謎が観る者を惹きつけるうちに事件の背景に公害被害があったことが浮かび上がる。
アガサ・クリスティのある作品が発想の素になっているようだ。人によるだろうがわたしはこの点はさほど気にならなかった。ここまでミステリーも隆盛の歴史を重ねると似かよった発想やトリックはある程度は仕方がないと思う。そこにこだわるよりも作品全体の個性を重視したい。
難をいえば、前半の永瀬正敏刑事をひどくコミカルに描いたために渡哲也とのコンビの具合がミスマッチとなり、しかも後半のシリアスな永瀬との落差が大きくなりすぎている。邦画洋画とも刑事のコンビを描いた作品は数多く、そこのところで特徴を出そうとしてかえって勇み足となった感がある。下手に動くよりも「野良犬」の志村喬三船敏郎、「張込み」の宮口精二大木実の線を律儀に狙ったほうがよかったような気がする。

たまたま「誘拐」のあとで「相棒-劇場版Ⅲ-」を観た。
シリーズ最新作は警視庁特命係の刑事・杉下右京(水谷豊)と甲斐享(成宮寛貴)による新しいコンビだが、「野良犬」や「張込み」といった硬派刑事コンビの伝統を継ぎながら、ユーモアと遊び心を巧みに採り入れた「相棒」はさすがによい個性を出している。
ただしコンビの具合はこれまでより甲斐刑事が軽めの印象があるのは否めない。テレビではどうなのだろう。映画のシリーズは観ているけれどテレビではどのチャンネルで放送しているかも知らないほどでここのところはよくわからない。
それはともかく今回挑戦したのは国防という扱いにくい問題でありながら、娯楽作品としても十分評価出来る内容となっている。この点で和泉聖治監督をはじめとするスタッフの心意気と確かな技量を讃えたい。
ある実業家が所有する八丈島周辺の孤島で元自衛隊員たちのグループが訓練をしていて、なかの一人が死亡する。死因は馬に蹴られたとされ当初は事故死と見られたが、国防カルト集団内で事故に偽装された可能性があり、相棒の刑事が真相を探るべく捜査に乗り出す。
捜査の過程でグループが軍事偏重の考え方から暴走行為に走ったことが明らかになる。政治、外交、法律よりも武力拡大が優先するグループのリーダーが「あなた方は長年にわたって平和ボケという病気に罹っているんですよ」と言ったとき、杉下右京は「あなたこそいま流行りの国防という病を患っている」と応えた。
わたしはむかしから国防という言葉に、政治、外交、法律よりも軍事が優先といったニュアンスを感じていたから、そうした立場でこの杉下右京の言葉を解釈した。
(五月三十一日丸の内TOEI)