記憶違いについての話

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一九七一年の夏、当時七十五歳の思想家また西洋精神史の研究者林達夫がイタリアへ旅したとき、ヴェネツィアで映画「旅情」について語ったことが同行した田之倉稔氏の『林達夫・回想のイタリア旅行』にある。
それによると、あの映画のラストシーンでキャサリン・ヘプバーンがサンタ・ルチア駅を離れる汽車の窓からラヴェンダーを投げたが、この植物には「ちぎり」とか「結びつき」の含意があるから、ヴェネツィアでつかの間のアヴァンチュールを楽しんだアメリカ女性がこの花で以て訣別の言葉を伝えようとしたんだ、と林達夫は語ったという。
スクリーンでは見送りに来た男が二人の思い出の花であるガーディニアの入った小箱を渡そうとするが列車を追ううちに花はこぼれおちて渡せないままに終わるから、林達夫は花もそれを投じた人間も取り違えていたのだった。ラヴェンダーは林のお気に入りだったから、いつのまにかあの映画のラストシーンは好きな花で彩られていたのである。
記憶違いではあるけれどまことに首尾一貫した違いようで、しかもお見事と言いたくなる内容だから、ここまで来ればもうひとつの「旅情」のラストシーンが生まれた感がある。
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はじめて「また逢う日まで」を観たのは三十年ほど前だった。再会したのは十年前、いまはない銀座並木座で観て以来二十年ぶりに、太平洋戦争下、時代に追いつめられてゆく若い男女の恋愛を描いた今井正監督の名作と出会った。
岡田英治の大学生と久我美子の画学生との恋は、あのガラス越しのキスシーンでよく知られる。いや、時代からして接吻といったほうがふさわしいか。
ここのところがあまりに印象的だったからだろう、わたしはガラスを挟んでの接吻から超えられないままに二人は引き裂かれてゆくというふうに思いこんでいたのだが、それがこのときの再見で記憶違いだったと知った。

ガラス越しの接吻はわりあいと早く、そのあとふたりはガラスに隔てられることなく抱擁していたのである。男は恋人に肉体をもとめ、応召前の最後の逢瀬を前に女は空襲の犠牲になる。ガラス越しの接吻は到達点ではなかった。
林達夫の「旅情」がそうだったように、この記憶違いからもうひとつの「また逢う日まで」の名シーンが生まれないかなとしばし黙考してみたのだが、どうもその片鱗すらない。
記憶違い、勘違いにも上質のものもあればそうでないのもある見本である。
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七人の侍」で盗賊との争いのあと生き残ったのは志村喬加東大介木村功の三人で、志村、千秋は農村をあとにするが、津島恵子に恋心をいだいた木村功はそのまま村に残ると記憶していた友人がいた。
どういういきさつだったかその話になって、いや木村功の勝四郎も勘兵衛、七郎次ともどもいっしょに去ったよと言ったもののにわかには信じてもらえず、後日ビデオで見直してようやく納得していただいたが、それでもなお黒澤監督はふたつのバージョンを撮っていたのではないかと疑っていた。
あとで気が付いたのだが、かたくなに思いこんでいたラストシーンはおそらく「荒野の七人」と混同していたのだろう。リメイクされた西部劇では勝四郎と菊千代をブレンドしたキャラクターであるチコ(ホルスト・ブッフホルツ)は村に残り恋人とともに生きる道を選ぶ。そのことを話しておこうと思い出したり、忘れたりしているうちに友人は若い妻と幼子を遺して病死してしまい、記憶違いにまつわる忘れられない思い出となってしまった。