水路(伊太利亜旅行 其ノ五十二)


「裏町を行かう、横道を歩まう」。永井荷風『日和下駄』にある裏道と横道の讃歌で、これに対する表通については、到るところ西洋まがいの建築物とペンキ塗りの看板、やせ衰えた並木、処かまわず無遠慮に突っ立っている電信柱、目まぐるしい電線の網目・・・・・・江戸市街の美を失い、西洋市街の列にも加わることもできない中途半端は不快と嫌悪があるばかりでまったく芸術的感興を催すことができないとにべもない。
ヴェネツィアは裏町、横道が迷路のように四通八達する。荷風の言う表通はなく、対するのはサンマルコ広場など数箇所の広場だ。くわえて水路(リオ)という裏町、横道がある。こちらは表通としての大運河(カナル・グランデ)が流れる。いずれにも荷風の言う裏町対表通という対立はない。
もしも荷風ヴェネツィアに立ったなら、その「芸術的感興」はたいへんなものだっただろう。