「ゴンドラの唄」余話(伊太利亜旅行 其ノ四十六)

「ゴンドラの唄」には文学史上に名を残した人が何人も係わっている。
まずはアンデルセンの長篇小説『即興詩人』にある歌を森鴎外が稀代の文章に翻訳した。同書の「ベネチアのゴンドラ」の箇所を下敷きにして吉井勇が作詞し、中山晋平が作曲した曲を、1915年(大正4年)の芸術座第五回公演「その前夜」の劇中歌として松井須磨子が歌った。この劇の原作はツルゲーネフだった。
アンデルセンの長篇小説『即興詩人』の刊行は1835年だから、八十年後にその一部が日本の歌として転生したことになる。ちなみに森鴎外の訳書は1902年に出版されている。
映画では黒澤明監督「生きる」で志村喬演じる主人公が雪の降る夜ブランコをこぎながらこの歌を口ずさんだ。中学生のころだったか森繁久彌紅白歌合戦で歌っていたのをおぼえている。