「あなたを抱きしめる日まで」

一九五二年アイルランド。十八歳で未婚の母となったフィロメナ(少女の頃を演じたソフィ・ケネディ・クラークはほんとうにジュディ・デンチが若返ったよう)は父親から義絶され、赤ちゃんとともに強制的に修道院に入れられた。そこは同様の立場にある女性と子供を収容していたが、親をきびしく拘束したうえ条件が整うと子供を養子に出して母子の仲を裂いており、フィロメナの息子アンソニーも三歳のときアメリカに養子に出されてしまう。
五十年後、イギリスで娘のジェーン(アンナ・マックスウェル・マーティン)と暮らしていたフィロメナは行方のわからないアンソニーの存在をジェーンに明かす。未婚の母としての罪と五十年一日として忘れたことのない息子について隠し通してきた罪を考えた上での選択だった。この時期を逃してはその後の息子の人生を探るのはむつかしくなるだろうという老いの事情もあった。
ジェーンは偶然知り合ったジャーナリストのマーティン・シックススミス(スティーブ・クーガン、ジェフ・ポープとともに脚本も担当している)にアンソニーの探索を依頼し、フィロメナはこのジャーナリストとともにアメリカに発つ。

息子の人生が明らかになるのにさほどの時間はかからなかった。母にもジャーナリストにも思いもよらなかった事実を究明する過程にことさらな難事があったわけではないが、アンソニーの写真の隅にマーティンが写っているなど巧みにサスペンス感を盛り上げる語り口が魅力だ。
語り口といえばフィロメナとマーティンのやりとりが絶妙で、地味なユーモアと、感情を抑えながら複雑な思いを表現する二人の演技が素晴らしい。
政府の広報部門をしくじった元BBCのエリート記者は今回の取材を通してキャリア挽回に努めようとしていて、息子捜しへの協力には野心と思惑がともなっているのを隠さない。
対するフィロメナは苦い体験を嘗めながらも寛容で信心深く、記者からすれば無知なおばさんだが、相手の気持を受け容れながらときに鋭い観察力と洞察力を示す。こうして息子捜しは二人のズレと相互理解という性格を帯びる。
やがて息子アンソニーのその後と、母子の再会を阻んだ修道院の対応が明らかになったとき、ジャーナリストは野心と思惑をかなぐり捨て心底からの怒りを修道院にぶつけ、母親は哀しみをかみしめながら赦しますと語る。それまで冷静に事態を追求してきたジャーナリストが感情を噴出させ、さまざまな思いに揺れた母親が恩讐を超えた言葉を口にする。
監督は「ヘンダーソン夫人の贈り物」や「クイーン」のスティーヴン・フリアーズアイルランドワシントンD.C.郊外の色彩風景が美しい。
いささか鼻白む邦題(原題Philomena)だが「映画っていいなあ」とあらためて感じさせてくれる佳篇。
(三月三十一日シネスイッチ銀座