『即興詩人』(伊太利亜旅行 其ノ二十三)

須賀敦子の父親は森鴎外を尊敬していた。父にとって鴎外は国語であり、ときに人生観そのものでもあった。娘は父から何度も『即興詩人』を読めといわれている。娘がローマに留学したとき、はじめて父から届いた小包は岩波文庫の『即興詩人』で「この中に出ている場所にはみんな行ってください」と、ほとんど電報のような命令がページにはさまれていた。
アンデルセンの長篇小説『即興詩人』は1835年に刊行されている。森鴎外の訳書の出版は1902年のことだった。安野光雅の画文集『「即興詩人」の旅』によれば、出版された当時は西洋でも日本でも大評判で、日本人のなかには本書をイタリアへ持って行き旅行案内とした人が何人もいたという。安野さん自身も若き日に『即興詩人』に出てくる土地を余さず踏破しようと決意し、実行している。そんなツアーの企画があれば参加してみたいな。
そのまえに拾い読みしかしていない鴎外の訳本を通読しなくてはならないけれど。