コルシア書店のおもかげ(伊太利亜旅行 其ノ九)


サン・カルロ書店のドアをあけた。教会と同様に静謐な空気に包まれた店は軽々しく立ち入るのがはばかられる古書店のようだ。
小さなカウンターがあり、書店の方とお客さんが話をしていた。この二人のほかにはわたしがいるだけだ。
会釈をして奥に入ると、読書用に二脚の赤い椅子が置かれてある。書架にあるのはほとんどが宗教関係書だろう。物置を改造した書店はいわゆるうなぎの寝床が二層になったよう。
『コルシア書店の仲間たち』には「この都心の小さな本屋と、やがて結婚して住むことになったムジェッロ街六番の家を軸にして、私のミラノは、狭く、やや長く、臆病に広がっていった」とある。自宅から市電で通った、この狭く、長い、小さな空間はカトリック左派の文化運動の拠点にとどまらず須賀敦子の人生の根拠地でもあった。