「42 世界を変えた男」

映画と野球はともにアメリカを代表する文化だ。ときに二つはリンクしてたくさんの優れた野球映画を生み出してきた。そこに黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを描いた「42 世界を変えた男」が新たにくわわったと躊躇なく断言する。「42」アメリカの全球団が永久欠番にしている背番号。

冒頭、ブルックリン・ドジャースのオーナー、ブランチ・リッキー (ハリソン・フォード)が、球団幹部にたいしトウ小平の白猫黒猫論ー白猫でも黒猫でもネズミを獲るのがよい猫だーのようなことを口にする。
「わがチームを強くしてお金を儲けたい。そのためには選手の肌の色が黒だろうが白だろうが関係ない。ドル札の色はグリーンなんだ」。
一九四五年当時のメジャーリーグの世界ではぶったまげる発言だった。
ブランチ・リッキーは照準を合わせていた黒人リーグで活躍中のジャッキー・ロビンソンチャドウィック・ボーズマン)と契約し、下部組織3Aのモントリオール・ロイヤルズに入団させる。
人種差別はなお厳しく、有色人種のメジャーリーガーはいない。ロビンソンには、激情に駆られてトラブルを起こさない、激しい怒りはプレーに表現せよ、が契約の条件とされた。案の定、他球団の監督、コーチ、選手のみならずチームメイトやファンからも差別を受ける。最愛の妻の励ましとオーナーの確固とした信念が支えだった。
やがてロビンソンは一九四七年四月十五日ドジャースの本拠地エベッツフィールドに立つ。黒人メジャーリーガーの誕生だ。
逆風はつづく。対戦チームのなかにはビンボールを投げてくる投手がいる。一塁守備のロビンソンに意図的にスパイクをする打者がいる。そんななかにあってすこしずつ世界は変わる。
ある日、街を歩くロビンソン夫婦に初老の白人男性が車からおりてやってくる。球場で差別的なヤジと視線にさらされるロビンソンは緊張し、硬化する。ところが男は思わぬ言葉を口にした。「才能を活かすためのチャンスはみんな平等じゃないといけないとわたしは思う」と。
チーム内での人間関係は改善される。けれど試合後のシャワーとなると別の話だ。白人選手たちがシャワーを浴びているときロビンソンは外で待ち、かれらが終わってシャワーを浴びる。白人選手たちはあたかも当然のごとく振る舞い、ロビンソンはわだかまりはあっても踏ん切りはつかない。しかし、ある日、白人選手のひとりが「どうしてここで待っているんだ。さあ、ぼくといっしょに行こう」と誘い、ふたりはシャワー室へ向かう。
ブライアン・ヘルゲランド監督(「L.A.コンフィデンシャル」でアカデミー脚色賞を受賞)が描いたロビンソンの3Aからメジャーリーグの初シーズンまで、それはアメリカの野球のあり方を変えた歴史的瞬間だった。演出したのはブランチ・リッキー 。ハリソン・フォードがほんといい味を出している。
野球のシーンはもとより服装や音楽など丹念正確な時代考証がなされていて、ドジャースがブルックリンにあったころへの郷愁をかき立てる。
昔ながらのアメリカン・ドリーム、アメリカン・デモクラシーへの讃歌と思われる人もいるだろう。けれど、シャーロック・ホームズを否定してはその後のミステリーはあり得ない。アメリカ社会の原点がここにあり、理想はなお追求途上だ。さわやかで心洗われる映画のあと帰宅してグラスを傾けた。もちろんバーボンをオン・ザ・ロックで。こんなときのお酒はしみじみおいしい。
(十一月四日丸の内ピカデリー