ローマで買った傘

一昨年ローマで小銭を処置しておきたくて帰国する前夜スーパーマーケットをのぞいて折りたたみの傘を買った。旅の思い出のよすがとするには雑貨、日用品がよい。
須賀敦子がイタリアで暮らしはじめた一九五0年代末頃は学生をふくめて生活がぎりぎりという階級の男たちは傘を持ってなく、街で傘屋を見かけたおぼえもないと『トリエステの坂道』にある。雨に遭ったとき男たちは背広のえりを立て、両手で上着の前をきっちりと合わせて走っていた。ネオ・リアリズモの映画で観たことがあるような光景だ。
わが国では、驟雨は男女が出会う背景であり、傘は重要な小道具だった。すくなくとも文学の上では。『濹東綺譚』を思い出してください。
イタリア男の色事のきっかけに小道具は不要だったのだろう。
今回のイタリアの旅ではこの傘を携行しよう。はじめての里帰りである。