ブロードウエイで (市俄古と紐育 其ノ七)

今回の旅で同行させていただいたA氏は現職の身だから、無職渡世のわたしは日程、旅行内容はすべて氏の都合のよいようにおまかせして、ついでに航空機のチケットの手配等も一任の丸投げだった。当然口は出さないはずだったのが、ブロードウエイで「シカゴ」が上演されているのを知り、そうもゆかなくなった。
そこでやむなく当方から一点だけリクエストしたところ氏は快く受け容れてくれ、うまい具合にチケットも手配できた。
不勉強で知らなかったが、ブロードウエイの一角には「ブロードウェイの父」と呼ばれた興行師ジョージ・M・コーハンの銅像が建っていた。かろうじてその名前を知っていたのはジェームズ・キャグニーがコーハンに扮した「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」を観ていたからで、一九四二年の映画だが日本ではようやく一九八六年に公開されて、わたしはこのときはじめて彼の名を知った。

「シカゴ」が上演されているアンバサダー劇場はビクトリア時代の劇場を思わせる、時代の付いた趣のある劇場で、昨年ここの舞台でロキシー役を演じた米倉涼子の写真もしっかり飾られていた。

先日、42nd.Streetに寄せて、仮にミュージカル映画ベストテンを選んで年代順に並べると「四十二番街」が最初に来ると書いたけれど、ベストテンの最後つまり一番新しい作品となると今のところは「シカゴ」だ。
「ウエストサイド物語」はミュージカルの新しい地平を開いた傑作だったが、その後のミュージカルは社会問題を扱うことが多くなりエンターテイメント性が薄れたとの指摘もあった。その点で「シカゴ」はエンターテイメント性と「ウエストサイド物語」以後の流れの双方を踏まえたルネサンス的な名作として輝く。その基になったボブ・フォッシーによる舞台をブロードウェイで観られるのだから心は踊った。
わたしたちは一階前列六列目中央という願ってもない座席だった。もっともアンバサダー劇場は二階席、三階席を含めて千百五十席ほどで、上の階であっても客席と舞台がとても近い感じがする。役者陣の表情がよく見える劇場はうれしい。この夜の出演者ではロキシー役のAmy Spangerという女優の失望、野心、希望、闘争といった表情の変化が素晴らしく、いっしょに観たA氏も感心していた。
舞台は中央に階段状のスクエアがあり、そこにバンドと指揮者が入っていて、出演者はその廻りの椅子に坐り、演じるときは表に出て来る。装置も衣装もシンプルそのもので、それが「塀の中」から出てコンビを組んだショー・ガールの二人、ロキシ−・ハートとヴェルマ・ケリーが歌い踊るフィナーレの華やかさを強調しているようでもあった。
舞台のバンド演奏に送られながら劇場をあとにした。三十ドル出して記念に買った豪華なパンフレットとCDのセット(下の写真)を手にしてタイムズスクエアをあるいてホテルに帰り、飲んだビールが胃と心に沁みた。よい経験をさせてもらったが、こうなると「四十二番街」も「ウエストサイド物語」もブロードウエイで観たくなりますね。ブロードウェイ行きがくせになりそう。