あんパン

新しい年度を迎えたのを機に歳時記を見てみようと坪内稔典『季語集』を開くと、春の部、生活・行事の項にあんパンが収められてあった。著者の創見なのか句作の世界ではいつからかそういうことになっていたのかは知らない。
『季語集』の著者はほぼ毎朝あんパンを一個か二個食べるそうだ。あんパン、コーヒー、果物か野菜サラダ、ヨーグルトという朝食歴は二十年に及ぶという。ことに桜の季節のあんパンは美味で、春の気温や空気があんパンをしっとりさせるからだろうと推し量っている。
寺田寅彦芥川龍之介の自殺に触れて述べた一文に、自死からさほど遠くない一日、ある歌集刊行の会が開かれ、スピーチの指名を受けた芥川は、特に感想を持ち合わさぬがしいて述べると今夜の食卓に出されたパンが恐るべきかたいパンだったと言って席についたとある。かたいのはフランスパンだったからか。もしもあんパンだったならどうだったのだろう。