「銀座シネパトス名画座メモリアルBOOK(2009.7.31〜2013.3.31)」

寺田寅彦には俳諧連句と関連づけて映画を論じたユニークな評論「映画時代」をはじめいくつかの映画論がある。また短章を集成した『柿の種』でもところどころで映画に触れていて、なかに新宿の武蔵野館で観た「トルクシブ」というソビエト映画によせて、中央アジアの広い野を行くおびただしい数の綿羊の群れと新宿のたいへんな混雑が二重写しになった感想を述べている。初出は一九三0年(昭和五年)十一月「渋柿」。
筒井康隆が自身の映画遍歴を語った『不良少年の映画史PART1』にはジュリアン・デュヴィヴィエの「にんじん」がはじめ帝劇で二週にわたり公開され、これを引き継いだ武蔵野館でも大ヒットしたとある。
うれしいことに武蔵野館については大正九年から昭和十年までの上映記録が公刊されている。新宿歴史博物館『キネマの楽しみ〜 新宿武蔵野館の黄金時代〜』がそれで、寺田寅彦の記述を確認するために開くと「トウルクシブ」(上映記録の表記)は昭和五年十月八日から十四日にかけて上映されていて、ヴィクトル・トウリン監督、トウルクシブとシベリアをつなぐ鉄道工事の記録映画、一九二九年製作と説明されている。この前後にはエルンスト・ルビッチラブパレード」やルイズ・マイルストン「西部戦線異常なし」といったいまも繰り返し上映されている名作が公開されている。
いっぽう「にんじん」は昭和九年五月二十四日からはじまり、週替わりが原則だったところを六月十三日まで三週にわたって上映されている。併映作品もあり、五月二十四日からが「少年探偵団」というドイツ映画、三十一日からがおなじく「卒業試験」とある。
こうして何かのきっかけで上映記録を眺めていると手放せなくなってたちまち時間が過ぎる。

先日「銀座シネパトス名画座メモリアルBOOK」をいただいた。あした三月末日で閉館する同劇場の上映記録冊子で、名画座宣言をした二00九年七月から閉館までのすべての上映作品とイベント企画が記録されている。本興業のトップを飾ったのは「巨人と玩具」と「しとやかな獣」。最後の日の本興業は「銀座化粧」と「女が階段を上る時」、リクエスト特集が「河内山宗俊」と「丹下左膳余話 百万両の壺」。増村保造川島雄三で幕を開け、成瀬巳喜男山中貞雄にはなむけを贈られて幕を閉じる。
わたしが寺田寅彦筒井康隆のエッセイと武蔵野館の上映記録をつきあわせて懐かしみ、楽しんだように、やがて誰かがシネパトスで観た映画について書き、その読者がこのメモリアルブックを開いてわたしとおなじ経験をするにちがいない。将来にもたのしみをもたらしてくれるメモリアルBOOKだ。