「ジャンゴ 繋がれざる者」

南北戦争前夜のアメリカ南部。荒涼とした平原の映像に肉太の真赤な文字が重なる。いつか見たマコロニ・ウェスタンの光景。そこに漂うB級のテイストにはやくも魅了された。

ドイツ系のドクター・キング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)ははじめ歯科医だったが賞金稼ぎに転じ、めざす相手を知る奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)を解放奴隷としたうえで協力者とする。ジャンゴはまた抜群の銃の使い手でもあった。
シュルツとともに賞金稼ぎを重ねながら、ジャンゴは生き別れにされた妻ブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)の捜索に務め、ようやく奪われた妻がカルヴィン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)の農場にいることを突き止めた。フランスかぶれの地主は奴隷どうしの殺し合いを娯楽とし、拒否した奴隷は猛犬に喰わせるなどしている暴君だった。シュルツとジャンゴはこの地主とその一統に立ち向かい、ブルームヒルダの救出に当たる。
クエンティン・タランティーノ監督はこの映画の製作意図について「僕はずっと、このアメリカのヒドい過去である奴隷問題を扱った映画を製作したいと思っていたが、歴史に忠実な映画にはしたくなくて、ジャンル映画として描きたいと思っていた。特にアメリカのウエスタン作品は、極端に奴隷問題を避けて描いてきた作品が多かった」と語っている。
残忍極まる奴隷虐待シーンやこれを主人とともに狂気的に実行するスティーブン(サミュエル・L・ジャクソン)という黒人執事の描写はそのあらわれで、執事は暴君治下の臣民はたいてい暴君よりも暴であるという魯迅の言葉を思い出させた。こうしたところに従来のウエスタン作品に対する異議申し立てがうかがえる。
前作「イングロリアス・バスターズ」では、ヨーロッパに潜入した米軍特殊部隊がナチスを罠に掛け一敗地にまみれさせた。そして本作では多くの白人にとってあってはならない憎悪の対象そして黒人には奴隷制の束縛を脱した不可思議かつあこがれの存在であるジャンゴを生んだ。共通しているのはリアリズムから飛翔した痛快さだ。
むかし「女郎の誠と卵の四角、あれば晦日に月が出る」という俗謡があったとか。タランティーノ監督は荒唐無稽な痛快さというたぐいまれな「晦日の月」を見せながらファシズム奴隷制の問題を浮かび上がらせている。
(三月三日TOHOシネマズ六本木ヒルズ