「ゼロ・ダーク・サーティ」

9・11アメリカ同時多発テロ事件から十年、首謀者とされるビン・ラディンが二0一一年五月二日に潜伏先のパキスタンで米軍に捕らえられ殺害された経緯がリアルに描かれた映画だ。
具体にはCIA最先端技術による情報収集、拷問、スパイ活動、シールズ隊員による隠密作戦など、そのリアリティは冒頭で言及されている関係者たちへの念入りな取材によるものだった。なお「ゼロ・ダーク・サーティ」は午前零時半を示す米軍軍事用語で、ビン・ラディン捕縛作戦決行の時間といわれている。

首謀者が亡くなってもなお現在進行中の政治問題に変わりはなく、犠牲者の遺族をはじめとする関係者の心痛やいまも身体的精神的苦痛のなかにある方々を思うと作品のおもしろさを云々するのははばかられる気がするのだが、あえてそこを踏まえたうえでいえば、よく出来た映画でありサスペンスとアクションによる緊張の百六十分だった。
捜索は困難を極め、捕虜への拷問虐待が非難を浴びるなかビン・ラディンを直截追いつめたのはCIAの女性情報分析官マヤ(ジェシカ・チャステイン)だった。仕事への情熱で心通わせていた同僚の女性が自爆テロの犠牲になったショックもあり、彼女のビン・ラディン追求は冷静沈着ななかに狂気をはらんだ執念深さを帯びる。官僚的な組織のなかにあって孤立を深めながら地道な捜査がつづく。情報戦におけるタフでクールで執念深いヒロインの誕生だ。
最先端技術による情報分析の場はこれまで男が独占的に仕事をしてきたといった事情は稀薄だから、そのぶん女性の活躍の場が広がる。情報戦におけるヒロインが誕生しやすい環境がある。
ミステリーの世界に眼を転じるとこちらも映画化された『ミレニアム』の主人公リスベット・サランデルがいる。スウェーデンの「ドラゴン・タトゥーの女」はCIAの女性情報分析官とは対照的に高等学校にも進学していないフリーターだけれどコンピューターの知識に優れ、ハッカー仲間から畏敬の念を抱かれているほどハッキング能力が高い。情報戦の遂行能力においてマヤとリスベットは共通していて、現代の情報戦のありようが二人に投影されている。おなじ土壌が生んだヒロインであり、そして二人とも社会の矛盾や軍の苦悩の渦中にある。
ゼロ・ダーク・サーティ」に話を戻せばある案件が解決をしても祝福と歓喜にはほど遠く視界は不良の裡にある。そこのところを脚本のマーク・ボールとキャスリン・アン・ビグロー監督のコンビは爆弾処理にあたる米軍兵士を描いた「ハート・ロッカー」と同様本作においてもしっかり見据えている。
本年第八十五回アカデミー賞では「アルゴ」が作品賞、脚色賞、編集賞を受賞した。本ブログでも映画ならびに原作についての記事を書いているので参照していただけるとありがたい。いっぽう「ゼロ・ダーク・サーティ」は音響編集賞を授賞した。両作品のアプローチは異なるとしてもCIAの積極的な活動を後押しする社会心理にも注目しておきたい。
(二月十七日TOHOシネマズ有楽座)